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時間コストを意識した意思決定(2)

先日、ある経営者Aさんとお話する機会がありました。Aさんとしては、中長期的な会社の発展の観点から、新規事業に積極的に取り組んでいきたいというお考えです。具体的な案件もいくつかお持ちです。他方、同社役員陣は後ろ向きだという状況のようです。

お聞きした感じだと、Aさんが役員会にかける新規事業の案件に、同役員陣はことごとく反対のようです。反対の理由も「今はもっと優先順位の高い課題に集中するべき」「わざわざとるべきリスクではない」「今ではない」などのようです。例えば、「自社のミッションに○○の理由で合っていると思えない」「自社の強みがどのように活かせるのか不明確」などなら、的を射た反対理由ですが、そうではなく、議論の俎上自体にのぼらないようです。そうした背景もあり、現役員陣は本当に自社や自分を支援してくれる人材なのか、Aさんは最近疑問に感じているそうです。

まず、一人の人材にすべての機能を期待するのは無理がある、と認識すべきでしょう。一言で「役員」といっても、どういう分野や領域でどんな活躍を期待するのかはそれぞれでしょう。同社役員陣は、既存事業のたたき上げで役員に昇格した人材と、外部企業でガバナンスを統括して成果を上げた後同社に転じてきた人とで、主に構成されているようです。それらのバックグラウンドからは、「新規事業を開拓する」機能を期待するのは難しいかもしれません。

私たちは一般的に、イノベーション活動にはなかなか踏み込めないものです。その理由を私なりには「3つの壁」としてまとめています。

・知識の壁
これまでの経験で身につけた知識や習慣による固定化された思考は、柔軟な発想や新たな視点による気付きを阻みます。自身の経験に基づく知識や習慣(「○○はこういうものだ」という無意識な固定概念)に縛られて、問題解決が妨げられることを、心理学的には「機能的固着」と言うそうです。機能的固着からいかに離れられるかが、イノベーション実現につながる創造的思考の要件のひとつと言えるでしょう。

・感情の壁
新たなものを創造しそれに自分を適応させるより、現状維持にとどまるほうが楽です。感情の動物であるヒトとして本能的に身についている「変化への恐れ」を乗り越え、現状打破を目指す志が大切なのですが、なかなかそれは難しいものです。

・視野の壁
現状打破し柔軟な発想をしたいと思い、固定化された思考と一線を画して物事を見ようとする姿勢があっても、目の前の出来事をありのままに捉えることができなければ、創造的思考は発揮できません。「○○と言われ始めているが、その影響を自社が受けるのはだいぶん先」など、根拠なく安心し目をそらすことなどはその典型です。自分や自社の都合でモノを見ないようにし、物事を素直に受け止め見ようとすることが大切です。

同社様は、既存事業の収益性が高く、現在売上高営業利益率10%前後を維持しています。上場企業の平均を上回るレベルです。しかし、同事業の市場は縮小していくことは誰が見ても明らかな状況です。現在主力であり収益のほとんどを依存する既存事業を維持するだけでは中長期的に会社はもたないわけです。

しかし、「自社は既存事業に集中して成功してきた」という知識、「あと何年かで任期満了になるのにわざわざリスクをとりたくない」という感情、「なんだかんだでコロナ禍の今年も営業利益率ほぼ昨対通り、当面このままいくのでは」という狭い視野に阻まれて、新規事業をつくっていかなければという思考・行動には至らないのでしょう。その上で、役員陣のバックグラウンドからは、これらの壁を突破して新規事業を中核的に推進する役割を期待するのは、難しいのではないかと思います。

大きくは、2つの方向性があるのではないかと、Aさんとお話しました。
ひとつは、新規事業の推進役に相応しい人材を新たに外部調達するか、内部でその芽がある人を抜擢し、裁量を持たせることです。そういった機能が期待できる人を確保し、その役割を担っていただくわけです。

もうひとつは、Aさん主導で進めることです。
今週の第441号「時間コストを意識した意思決定」にて、「経営者は各分野の専門家ではなく、政策決定者であるべき」と取り上げました。そのイメージです。
https://note.com/fujimotomasao/n/n05a54d1b6710

すなわち、現役員陣には、新規事業については想定されるリスク要因を挙げてもらう役割(守りの専門家として意見を出す)に徹していただき、攻めの専門家と政策決定者の2役をAさんが担って意思決定する。意思決定した結果と新規事業には、現役員陣は責任を負わない代わりに口出ししない、という要領です。

既存事業の収益性が十分高い今のうちに、新規事業の実験ができる余裕もあります。同社様は、いわゆるオーナー経営です。オーナー経営ならではの特徴を生かせば、強い意思決定とスピード経営が可能になるでしょう。

<まとめ>
専門家には専門外のことまで無理に期待せず、期待する機能を整理する。


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