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人材力に関する期待と現状のギャップ

あるベンチャー企業の経営管理部門で仕事をしているAさんがいます。しばらく前に入社されました。ベンチャー企業といっても一定の歴史ができ、上場も可能な状態に達しているため、「ベンチャー」の一般的な言葉のイメージを脱しているステージかもしれません。

同社様で社をあげた新規のプロジェクトが立ち上がり、Aさんがプロジェクトの総責任者を任されました。メンバーを募り、数か月間に及ぶプロジェクトを走らせて成果物を形にする、というのが概要です。プロジェクトメンバーは、プロジェクトの概要の説明を聞いたうえでの挙手性(個人の自発性に基づくもの)で決まりました。

前例がなく、正解のない取り組みでもあり、売上に直結しなくてよい前提の企画です。その企画の成功もさることながら、プロジェクトメンバーの育成も同企画の目的のひとつでした。主体性を発揮しながらプロジェクトを企画するという経験を積み、ノウハウを体得してもらうということです。ある程度社歴のある社員がプロジェクトリーダーになったのを筆頭に、プロジェクトメンバーとしては十分な布陣と思われたそうです。

Aさんはメンバーに対して、上記の前提、その前提もあってあらゆる裁量がこのプロジェクトメンバーに与えられていること、自由に発案してよいこと、メンバーによる自由な発案から企画をどのように進めるかを決めていきたい、という説明をしました。

しかし、プロジェクトの開始直後からAさんが驚く展開になったそうです。
Aさんの問いかけに対して「できません」が連発したのだそうです。
「自由にアイデアを出してほしい」と問いかけても「できません」、「ここまで方向性を決めたからここから先のやり方は自由に考えてほしい」と問いかけても「できません」という感じです。

Aさんのいる会社は業績も底堅く、業容拡大中です。社員に関する話を聞いても、優秀でエンゲージメントの高さ(会社に対する思い入れや一体感)が感じられます。それだけに、上記のような反応が意外だったとAさんは言います。

上記の反応が続き企画が進まなくなったため、途中からAさんの指示によるトップダウン型の進め方に変えていきました。その結果、期限間際にばたついたものの、対応力の高いメンバーということもあり、企画はよいものが出来あがって完了したということです。しかし、当初目的のひとつだった人材育成にはならなかったと、Aさんは振り返っています。

Aさんの分析、及びそれを聞きながら私が感じたことも含めて、このエピソードから大きく2つのことを感じました。ひとつは、メンバーが考えている「主体性」とAさんや経営層が考えている「主体性」にギャップがあったということです。

Aさんは次のように言います。
~~自分や経営層とメンバーとの間で、「主体性」についてギャップがあったように感じる。社員の多くは自分に主体性があると自負している。しかし、どうやら今回の件で、「敷かれたレールを全力で走りきる」ことを、大多数の人が主体性と言っているのだということに気づいた。自分や経営層は異なること、つまりゼロから新しいことを自分の頭で考え発案することを主体性と言っている。その認識違いが不幸の始まり。~~

メンバーの皆さんは高い人材力の持ち主で、地頭はよいというのがAさんの評価です。例えば、RPAの習得・活用などは、ものすごく速いそうです。ただ、判断力やコミュニケーション力の高さを、論理的思考や創造的な思考には使えていないというのが、Aさんの見立てです。

加えて、次のように言います。
~~「枠を超えて考えよう」というマインドになっていない。これまでのマネジメントと会社の飛躍の源泉は、経営陣がビジネスモデルを考え、そこから出てきた方針の中で社員ががむしゃらに走ってきたこと。よって、「1から考えてください」と言われたときに「ぽかん」とするのも仕方ないかもしれない。1から考える経験がこれまでまったくなかったんだと思う。考える力がある人は既にそれなりの役職についているが、そうした役職でない今回のプロジェクトメンバーの多くは違ったということが、改めて分かった。」~~

経験がなく頭の中にイメージもないことは、「それを実践しよう」と言われてもできないのが当然だと思います。しかし、その現状は、同社様が今後目指す事業戦略やそれに紐づく人事方針には合っていません。組織が大きくなり、経営陣だけでビジネスモデルを考えて、社員にひたすら実行だけを求めることでは成り立たなくなりました。

Aさんの次の課題のひとつが、社員のマインドチェンジを促すためのマネジメントのやり方見直しと、研修含めた人材育成の機会づくりだそうです。今から始めれば今後の事業戦略にはまだ間に合うはずだということですので、今後の経過が楽しみです。

続きは、次回以降取り上げてみます。

<まとめ>
何を「主体的」だと捉えるか、人によって異なる。


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