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留学者数の減少

8月5日の日経新聞で「グローバル教育と政治(4)留学、ピークから3割減」という記事が掲載されました。米国に渡る留学生数も、中印韓越からの人が日本人の数を逆転したということです。
同記事の一部を抜粋してみます。

~~経済協力開発機構(OECD)などが海外の大学をはじめとする高等教育機関に籍を置く留学生数を集計したデータでは、日本人の海外留学者数は18年は5万8700人でピークの04年と比べ3割ほど少ない。

なぜ減ったのか。北海道日米協会副会長を務める札幌大の御手洗昭治名誉教授は「日本が『内向き志向』になり国を挙げて英語教員や若者を海外に出す努力をしてこなかった」と話す。日米教育委員会によると米国への留学生は1994~97年度に国・地域別で日本が1位だった。2019~20年は中国やインド、韓国、ベトナム、台湾などに抜かれ8位に後退した。

明大で留学プログラムに携わる小林明准教授は経済的負担を指摘する。米国の大学授業料は年々高騰している。「比較的安い州立大でも生活費を含めた費用は年間600万~700万円が相場になった。10年ほど前はこの半額程度だった」と語る。小林氏は「グローバル人材を増やしたいなら企業も費用の責任を負わないといけない。留学支援制度を大幅に強化する官民ファンドを立ち上げるべきだ」と提唱する。

日本式の就職活動も留学の機会を減らす一因だ。海外で専門科目を学ぶ大学3、4年生の時期に、日本企業のインターンや就職説明会が重なる。日本企業の入社時期は大半が春で、海外大学の卒業とずれる。

就職の問題を解決する手段の一つは大学への秋入学の導入だ。教育再生実行会議は「入学時期を一律に4月から秋季に変更するのではなく入学・卒業時期の多様化・柔軟化を進めることが重要」と提言した。

留学生を再び増やすには社会の仕組みや資金負担を官民で変える必要がある。コロナ収束後の日本にとって海外で通用する人材の有無は中長期の成長力を左右する。~~

日本人の米国留学者数が減っていることは、上記からも明らかなようです。ではなぜ留学者数が伸び悩んでいるのか。同記事の示唆も手掛かりに、その要因を3つに整理してみたいと思います。

ひとつは、経済的な負担が大きいことです。
同記事中にもありますが、日本人の可処分所得は先進国のなかでも見劣りする水準です。OECDのデータによると、17年の人口1人当たり家計可処分所得で、日本は主要7カ国(G7)中最低の2万9000ドルとなっています。上記に「安い州立大でも年間600万~700万円が必要、10年で倍になった」とあります。この間、日本人の可処分所得はほとんど変わっていません。

600万~700万円は日本人家計の平均可処分所得の2~3倍に当たることになります。例えば子供を2年間留学させようと思えば、平均的な家庭では可処分所得の5年分程度をすべて留学に充てることになります。留学先で仕事ができる人や何らかの助成金をもらえる人は別ですが、そうでなければ富裕層にしか手の届かない高嶺の花のような存在になってしまいました。先日の「デフレ下の雇用」で取り上げた賃金の地盤沈下が、ここでも影響を与えていると言えます。

2つめは、留学によって手放さなければならない(金銭以外の)機会費用も大きいことです。
上記にもあるように、大学3、4年生の時期に留学すると、日本企業の就職活動に多大な影響を与えます。「留学から帰ってきたら、学友がこぞって内定をもらっていた。自分が興味ある企業も募集を終えていた。来年応募しようにも既卒扱いになってしまい、評価されにくい」といった結果になりかねません。

私たちは意識する・しないに関わらず、日常のすべての行動を「トレードオフ」で意思決定します。それをすることで得るもの(便益)と失うもの(機会費用)を足し引きし、プラスになれば行動に移します。何を得るものとみなして何を失うものとみなすか、また得るもの・失うものをどの程度と感じるのかの基準は、人によって違います。しかし、いくら学びと現地の生活で得るものが大きくても、失うものがあまりに大きければ、多くの人にとって留学とは損する選択だという認識になってしまいます。

上記金銭的な要因もさることながら、就職活動の早期化によって就職に不利になるという機会費用の高まりの要因も大きいのではないかと、推察します。では大学1年生のタイミングで留学に行って3年生で帰ってくればいいかというと、そう単純ではないでしょう。受験合格のことだけに集中して念願の入学を果たせた、という状態の人に、いきなり海外留学するメンタリティもレディネスもできていません。その状態で留学しても、多くの人は成果が上がりにくいでしょう。

これらの機会費用を下げるには、企業側の努力も必要になると考えます。例えば、まだ根強い学卒新人一括採用の多様化・柔軟化です。人事戦略の関係上、明確な意図があって学卒新人一括採用制度にこだわっている企業であっても、学卒新人の年齢を日本の大学で4年間学んだ人だけに限定するのではなく、もっと対象の幅を広げることもできます。あるいは、一部の企業に動きが見られはじめた、優秀人材に対する例外的なジョブ型・高待遇の雇用契約の適用などです。こうした動きをもっと広げていくべきだと思います。

続きは、次回以降のコラムで取り上げてみます。

<まとめ>
留学は、金銭的事情(特に米国)と金銭以外の機会費用がかかることから、数が伸び悩んでいる。

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