老けた高校生の民主主義考④
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老けた高校生の民主主義考④

松浦 薫

第四章 民主主義の未来


 ここまで、民主主義の過去と現在を見てきた。ここから、民主主義がこれから先の未来でいかなる役割を果たしていくのかを見ていこう。冒頭の問いである「民主主義はもはや時代遅れなのか」という問いへの答えである。ここからは主に日本に焦点を当てて考えていく。世界はあまりに広範であり、多様な社会を含むため、一概に考えることができない。日本を舞台に考えた上で、世界各国にも適応可能な部分などを明らかにしたい。

1.民主主義は「西欧の産物」か


 前章において、自由や個人の尊重、それを保護する民主主義という考え方と、日本における従来の価値観との断絶を指摘した。あくまで民主主義を擁護する立場からその断絶を問題視してきたが、一方で日本の伝統的風潮に重きを置く考え方もあると思う。「民主主義や個人の尊重といった考え方は西欧の産物である。日本人の感覚と合わないのだから、無理に導入する必要はないのではないか。」こういった主張も存在するだろう。これは我が国のみならず、他国でも存在しえる主張である。

 実際、2021 年、中国の王毅 国務委員兼外相は「民主主義は、米国が作ったコカ・コーラにように一つの味だけあるのではない」として、中国独自の体制を認めるよう求めた。ちなみに中国の政治制度は冒頭に規定した民主主義の成立条件のうち、2 及び 4 の条件が著しく害されており、民主主義の一形態とは認めがたい。「民主主義や個人の尊重は、西欧の風土の中で生まれたものであり、風土の異なるその他の各国は、近代化の波に押されて半ば無理やりに導入したのに過ぎず、必ずしも民主主義にこだわる必要はない。各国の伝統的社会体制を重視すべきである。」民主主義が時代遅れか否かを論じていくにあたって、まずはこの考え方について考察しておきたい。

 ここで再び江田五月氏に登場していただこう。江田氏は「確かに民主主義は西洋で誕生した。しかし、自由や権利保障を求める世界史的な流れの中で誕生したものであるという事を無視してはいけない。」と話す。江田氏の主張は、人権保障や自由獲得の動きは西欧のみに限定されたものではなく、世
界的な流れの中で誕生したのであり、民主主義は西欧社会のみによる発明ではない、という主張であると解することができる。しかし、歴史的事実のみを見れば、近代民主主義が誕生して以降も封建体制や王政など強権的な体制を敷いてきた国があった。日本もそのうちの一国であるといえる。これら
の国は、近代化の段階で、国民の自由を基礎とする民主主義を、西欧から学んで導入した。そうなのであれば、「それぞれの地域には特有の政治体制があり、輸入品である民主主義を導入する必要はないのではないか」との主張も一定程度正当性を持つように思われる。このように考えていくと、江田氏の主張は歴史的事実と矛盾するように見えてしまうが、はたしてそうなのだろうか。

 私は考えていく中で、1 つの事に思い至った。それは、「各地域には特有の政治体制があり、民主主義はあくまで西欧で誕生したものに過ぎない。自由や権利保障といった考え方は我々の社会には合わない」との主張は、あくまで強者側から見た意見に過ぎないのではないか、という事である。弱者側から見たらどうだろうか。歴史的に弱者が社会の中で弾圧されてきたとの事実は、世界共通のものとして認定できるだろう。この弱者の視点で歴史を見てみると、彼らの中には常に自由や権利保障への渇望があったととらえることができるのではないだろうか。世界中で立身出世の物語が人気であることや、世界各地で度々被統治者による統治者に対する抗議(クーデターなど)が起こってきた歴史をみても、このことが言える。このように弱者の視点に立って歴史を今一度見直してみると、世界史には一貫して自由や権利を渇望する声があり続けたと言える。世界各地で、その渇望はクーデターや一揆の
ような形で表面化してきたが、それらの取り組みは権力者によって制圧され、あるいは成功したとしても、新たな不幸な被統治者を生み、同じことの繰り返しになっていた。しかし、その流れを汲んで、18~19 世紀に西欧で、古代ギリシャで発明された民主主義が再発見される。それまでの政治体制の中で、自由や権利の保障に最も資する政治体制であった民主主義は、それらの保障を渇望する世界各国の国民により導入されてきた。

 このように捉えていくと、民主主義は権利保障と自由獲得を求める世界史的流れの中で、たまたま西欧で生まれて世界各国に広がったものであるととらえることができる。従って民主主義は、世界共通の自由獲得への渇望を満たすものとして誕生したものであり、一定程度の普遍性を持つ政治制度であると考えられる。


2.未来社会に民主主義は必要か


 民主主義や個人の尊重が世界共通の価値であることを確認したうえで、未来社会においてもその価値は持続するかを考えてみたい。第一章において私は、民主主義は、個人を基礎単位とする社会を作ろうと考えた時に、最も有用な「手段」として導入されたと解するべきだと主張した。この主張を前提として、これからの社会においても民主主義が必要であるか否かを考える。

 民主主義は「手段」であるとの認識に基づいて考えると、民主主義が不要になるためには必然的に 3 つの条件が導きだされる。第一に、目的自体が意味を持たなくなる事。第二に目的が達成されており、その状態を維持する有効な手段があること。第三に、目的達成がなされていないが、達成に向かうためのよりよい手段が存在することである。

 この条件を現状の社会が満たしているかどうか 1 つずつ見ていこう。まず、「個人の尊重」が、現在の社会においても人々の目的になりえるか、という点についてである。まずは難しい話を避けて、私たちが日常的に目にする光景から考えてみよう。私たちは度々、買い物や娯楽に街へと繰り出す。そこで私たちは沢山の人たちとすれ違う。彼らの服装に着目してみよう。様々な色、様々な形、実に多種多様な衣服を身にまとった人々が楽し気に歩いているのがわかるだろう。多くの人が利用する GU は「ファッションは自由だ!」と銘打って CM や広告を制作している。様々なタイプのモデルが、自分に対するネガティブなコメントに対し「みんなが好き勝手なこと言うけれど、それをポジティブに変えていける。自分を大切に生きていこうと思いました。ファッションは自由だ!」と訴える。

 刃物メーカーの貝印は、腋毛の生えた脇を堂々と晒す女性の写真に「無駄かどうかは自分で決める」と銘打った広告を出し、話題を呼んだ。その下には「ムダ毛を気にしない女の子もかっこいいし、つるつるの男の子も素敵だと思う。ファッションも生き方も好きに選べる私たちは、毛の剃り方だって自由でいい。」と記されている。同社が実施したアンケートに 9 割の回答者が寄せた「ファッションや髪型のように剃ることも自分で自由に決めたい」と回答した声を反映したものだ。

 統計的にも見てみよう。2019 年に実施された内閣府の「子供・若者の意識に関する調査」では、「自分には自分らしさというものがあると思いますか。」という質問がなされている。この調査は13歳~29歳までの日本国民を対象に行われたものだが、そのおよそ7割が「そう思う」と回答している。また、「他人に迷惑がかからない限り、どんな考えや行動をとろうが、自分の自由だと思う」との質問に対してもおよそ 6 割が当てはまるとしている。NHK が 5 年ごとに行っている「日本人の意識」調査(2018 年実施の調査が最新)からは、「結婚すること」や「子供を持つこと」に関して、人々がかつての画一的な価値観から抜け出して、多様な価値観を許容するようになってきている事がわかる。(2018 年調査では必ずしも結婚する必要はない、と答えた人が 68%、必ずしも子供を持つ必要はない、と答えた人は 60%で過去最多となっている。)このように見ていくと、私たちの生きるこの社会は多様性に溢れており、多くの人々が「それぞれがそれぞれの思うように生きる社会=個人が尊重される社会」を理想としているのではないか、と考えることができる。

 従って「個人の尊重」という目的自体が意味を持たなくなるという、民主主義が不要となる際の第一条件は破棄される。

 次に「目的が達成されており、その状態を維持する有効な手段がある」という第二の条件が達成されているか否かを検討する。まず日本において「個人の尊重」が達成されているかについて検討する。これについては様々な評価の仕方があるだろう。ここまで随所で指摘してきたように、社会の中には多様な価値観を認める人々が増えてきており、一定程度個人の尊重がなされているという評価もできるかもしれない。

 一方で政治的な場面に着目するとまだまだ旧態依然とした体制が主流となっており、ジェンダーギャップ指数の政治部門における順位が著しく低いこと、また何度も触れている家族の在り方などに対する多様な考え方の導入が進まないことを取り上げ、個人の尊重が達成されていないとみる人もいるだろう。

 一概に結論づけることができないため、日本において「個人の尊重」が一定程度達成されていると考えたとして、それを維持する有効な手段があるかどうかについて検討しよう。先述の丸山の「である」ことと「する」ことの論理に従えば、「個人の尊重」が実現されることによって人々が得る自由は、市民が常に権利を行使し続けることによって維持される。市民が社会に対し常に権利を行使し続けられる政治体制は、現状では民主主義しかないだろう。このことから、日本において個人の尊重が実現されているか否かに関わらず、第二の条件も否定される。

 次に、民主主義以上に個人の尊重を実現できる政治制度が存在するか否かについて検討する。かつてイギリス首相だったチャーチルが語った、「民主主義は最悪の政治制度である。今まで試みられてきた全ての政治制度をのぞけばだが・・・。」という有名な言葉が指すように、民主主義は完璧ではない。しかし、民主主義以外の政治制度では、主権の行使者を限定することになるため、その行使者の暴走により個人の尊重がおろそかにされる恐れが十分にある。従って、「個人の尊重」を確実に実現するためには、民主主義以外に取りうる手段はないという事ができる。ここまで述べてきた事から、民主主義は依然として社会にとって必要な存在であることが明らかになった。ここからは民主主義を再生し、存続させるための具体的方策について論じていこう。

                    続く・・・

参考文献(シリーズ共通):

『民主主義 』    文部省著作教科書   文部省  角川ソフィア文庫
『詳説 世界史 』  木村靖二 ・岸本美緒・ 小松久雄   山川出版社
『日本国憲法の論点 』 伊藤真 トランスビュー
『アフター・リベラル 』 吉田徹 講談社
『リベラルの敵はリベラルにあり』 倉持麟太郎 筑摩書房
『民主主義という不思議な仕組み 』 佐々木毅 筑摩書房
『GLOBE』       通巻 234 号 朝日新聞社
『熟議民主主義ハンドブック 』ジョン・ギャスティル他 現代人分社
『セレクト六法 』 岩波書店
『直接民主制の論点 』 山岡 規雄 国立国会図書館
『代表制民主主義と直接民主主義の間』 五野井 郁夫 社会科学ジャーナル
『日本の思想 』 丸山眞男 岩波書

内閣府「子供・若者の意識に関する調査」 2019 年実施
NHK「日本人の意識」調査 2018 年実施
言論 NPO「日本の政治・民主主義に関する世論調査」 2018 年実施
倉持麟太郎「このクソ素晴らしき世界」presented by #8bitNews #8 日本国憲法のアイデンティティ?~与野党の憲法論議に決定的に欠けているもの

倉持麟太郎「このクソ素晴らしき世界」presented by #8bitNews #6 コロナ禍における憲法の実践とは? 横大道聡(慶応大学法科大学院教授)氏と議論

スイスの直接民主主義 制作:swissinfo.ch、協力:在外スイス人協会


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松浦 薫
東京都在住、高校3年生。若者を中心に政治のことを気軽に話してみよう!という活動をしている「カラフルデモクラシー」の代表として活動中。 カラフルデモクラシーのnotehttps://note.com/colorful2525で記事を書いています。