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事例研究 適正な不動産取引に向けて⑧

このnoteでは、『月刊不動産流通』の過去の記事を紹介しています。

今回は、「事例研究 適正な不動産取引に向けて」。
(一財)不動産適正取引推進機構が、実際にあった不動産トラブル事例を紹介しながら、実務上の注意点を解説する人気コーナー。今回は『月刊不動産流通2019年8月号』より、「原状回復特約が有効でないとして通常損耗の借主負担が否認された事例」を掲載します。

★原状回復特約が有効でないとして通常損耗の借主負担が否認された事例

貸主が、借主に賃貸借契約の約定により通常損耗も含めた原状回復費用等の支払いを求めた原審において、貸主の請求が全部認容されたため、借主が控訴した事案において、約定には通常損耗の範囲を具体的に明記していないとして、原状回復費請求のうち、通常損耗部分の請求が棄却され、通常損耗を超える部分のみの原状回復費の請求が認容された事例(東京地裁 平成29年4月25日判決 一部認容 ウエストロー・ジャパン)。

1、事案の概要

平成15年8月22日、貸主Xと借主Yとは、建物の一部(以下「本住戸」という。)を賃料10万円、敷金20万円、その他以下の内容(「本件約定」という。)で賃貸借契約を締結し、その後、更新により平成27年9月30日まで継続した。

・貸室は現況のまま使用し、退室時は室内を入居の際の現況に復すこと。
・解約時の畳、襖、クロス、クッションフロア等の張り替えおよび壁等の塗り替え等その他補修費用は折半とする。ただし室内およびエアコンクリーニング・破損箇所修理は全額借主負担とする。

平成27年9月26日、管理会社とYが退室確認をした際、Yは、「記載された事項につき承諾いたしましたので署名します」との記載の入った賃貸借物件退室確認項目と題する書面に署名した。しかし、Yから支払いがないため、Xの申立により簡易裁判所は平成28年2月3日、Yに原状回復費と、同支払いがないため、使用できなかった期間の賃料相当額の支払いを求め支払督促を発したが、Yが異議を申立てたため、裁判となり、裁判では、Xの請求が全部認容されたため、判決を不服として、Yは原判決の取消しを求め、控訴した。

2、判決の要旨

裁判所は、次の通り判示し、Xの請求について一部のみ認容した。

⑴建物の賃貸借においては、賃借人の社会通念上通常の使用により生ずる賃借物件の劣化または価値の減少を意味する通常損耗に係る投下資本の減価の回収は、通常、減価償却費や修繕費等の必要経費分を賃料に含ませて、その支払いを受けることにより行なわれている。

そのため、借主に通常損耗についての原状回復義務が認められるためには、少なくとも、借主が補修費用を負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか、仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には、貸主が口頭により説明し、借主がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなど、その旨の特約(以下「通常損耗補修特約」という。)が明確に合意されていることが必要であると解するのが相当である(最高裁二小 平成17年12月16日判決)と解される。

⑵本件約定の記載では、Yが補修費用を負担することになる通常損耗の範囲を具体的に明記したものと認めることはできず、本件約定をもって通常損耗補修特約を定めたということは困難であるといわざるを得ず、Xの主張は採用できない。また、全証拠を精査しても、通常損耗補修特約が明確に合意されていることを認めるに足りる的確な証拠はないので、通常損耗に係る補修費用をYが負担するものと認めることはできない。

⑶Yの居住期間(12年間)を考慮した上で、Yの善管注意義務違反による通常損耗の範囲を超える毀損汚損部分とその原状回復費用は、消費税を加え12万円余となる。

3、まとめ

本件は、普段、少額訴訟で争われることが多いため、目にふれにくい居住用賃貸借の原状回復費負担の裁判例であり、最高裁判例も踏まえた上で、原状回復費負担を判断する上での実務上の参考となる判決と言えよう。

建物賃貸借において、借主に通常損耗に関する原状回復費を負担させるためには、最高裁二小 平成17年12月16日判決のとおり、借主が負担することになる通常損耗の範囲が賃貸借契約書の条項自体に具体的に明記されているか、仮に賃貸借契約書では明らかでない場合には、貸主が口頭により説明し、借主がその旨を明確に認識し、それを合意の内容としたものと認められるなど、その旨の特約が明確に合意されていることが必要である。

また、本判決では、借主に対し、明渡し後の原状回復工事相当期間に係る賃料相当損害金の請求についても、特段の合意のない限り、借主に請求することはできないともされている。

なお、令和2年4月施行の改正民法では、賃借人の原状回復義務に関し「賃借人は、賃借物を受け取った後にこれに生じた損傷(通常の使用及び収益によって生じた賃借物の損耗並びに賃借物の経年変化を除く。)がある場合において、賃貸借が終了したときは、その損傷を原状に復する義務を負う。」との規定が明記されることとなっている。

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