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100均で育つと、バグを起こす

このご時世だから、

たくさんの店が潰れているけど、例外もある。

100円ショップだ。不況になると増えるらしい。たしかに、どの街に行ってもある。銀座にも増えてきて、日本有数の高級街にもあるのか、という違和感がある。

安さに慣れ過ぎてしまった。

コロナで、家や部屋に目が行くようになった。ちょっとしたお洒落なインテリアや雑貨が欲しい。

可愛いラグもいいかな、アートも飾ってみたいぞ、などと夢は膨らむ。ギャッペやプフ、バブーシュ。呪文でも覚えるみたいに、興味深い用語が頭に入ってくる。

しかし、インテリアは高い。今まで興味がなかったから、知らなかった。服も興味が出て、値段を知る。
guに慣れると、高く感じてしまう。もう、ユニクロも高い。昔はユニクロってただ安かったけど、今はユニクロUとかお洒落な感じもある。


最初に触れた値段に左右される

イケアは好きだけど、通販だと送料が高い。近くに店舗がないから、配送外エリア扱いになる。直接店舗に行けばいいのに、なんとなく腰が重い。


気になる200円の瓶、一つのために、渋谷なり原宿に行くのは、戦闘力を消耗させる。用事をいくつかまとめて作って行こうかなと思った。

ただ、そんなことをしていると一年くらいが過ぎてしまう。あんまり行列も人混みも得意ではないから、しょうがない。

メルカリの値段を知っているから、売れる金額もなんとなく把握している。これが、こんな値段に?と思うこともあるけど、体感では逆が多い。

なぜ、こんなに安いんだ、ジャパニーズ!!という、デフレをメルカリで味わう。

なんでもそうだけど、新品は高い。どこまで中古に抵抗がないか、の戦いになる。一体何と戦ってるんだ、俺は、と思ったりもする。

余談だが、何故かこういう時の主語は「俺」になる。古着は良い。品質も、エコ的な観点からも。

昔の100均はすぐ壊れたイメージがある。今は安くてしっかりしていて、便利でお洒落、という四方よしなものが多いので、100均で買えるものを他で買う時は、財布の紐も固くなる。てか、財布の紐って、古い表現で、全然ピンとこない。


高い物を買うと、いや安くて良かったじゃん、無駄遣いしたな、と思うことも多い。自分に対する買い物なら、尚更、そう。もちろん、好きなものには、お金を注ぐ。だから、自分にとって何が大切かを知る必要がある。

そうでもない日用品は、安さ一辺倒。でも、何が大切なんて、そんなに早くわかるものなのか?10代から服だけにお金を注ぐ人もいる。振り切れる人が、羨ましい。

過剰な接客やサービスは、なくていい。

百貨店の方のサービスは素晴らしい。でも、聞きに行く時間もかかる。それはオンライン接客も同じ。色々な話を聞くと、どれも素敵じゃね?どれでもいいんじゃね?となる。

企業努力が凄すぎて、みんな美味しいし、そんなに酷い商品に出会ったことがない。なのにさらに良くしようとしているから、その向上心が恐ろしい。

これ以上美味しくなるのか?すでに1000%美味いのに。資本主義はちょっと怖い。際限がない。そこまで、向上しなくていいから、その分安くして欲しい。

手間をかけるということは、そこにサービス残業していたり過酷労働の犠牲者がいるんじゃないか?

私が美味しいものをニコニコ食べているせいで、誰かがどこかで泣いている世の中なんて、おかしいんじゃないかい?


ウイグルのコットンもそうだ。

そんな大それたことでなくても、今はどこにいってもお洒落なパッケージが多いけど、もっと何でも適当でいいから、安くして欲しいなぁと思う。

手間ひまかけて作りましたって、言うCMに違和感がある。手作りで作りました、も。

美味しいなら、ロボットでいいし、手間をなくして、みんなが楽に働けた方が、食べてるこっちも美味しいはずだ。手間をかけるのが当たり前なんて、変だ。

値段設定がおかしい

ゲームは別に無料でもできる。娯楽は、ハマらなければお金はたいして使わない。

なのに、電気代とか、エアコン代とか、大学などの学費とか、人生の必需品が意外と高い。

今じゃ、エアコンは欠かせないものなのに、どうしてそんなに高級なのか。

値段って不思議だなぁと思うけど、この服なら●●円くらいでしょ、っていうのも、勝手にヒトが考えてるだけだ。

ならば、ある日、大学が無料になってもいい。ラップの芯が売れる時代だ。

値段なんて、そんなのは常識で決まっているだけだ。


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