【映画】「PERFECT DAYS」～娘の夏合宿出発後に～

#20240727-439

2024年7月27日（土）夏休み8日目
　夫と映画「PERFECTﾊﾟｰﾌｪｸﾄ DAYSﾃﾞｲｽﾞ」を観てきた。

PERFECT DAYS 公式サイト

　ヴィム・ヴェンダース監督の日独合作映画で、公開は2023年12月。
　その後、第76回カンヌ国際映画祭ではエキュメニカル審査員賞、主演の役所広司やくしょこうじが主演男優賞を、第47回日本アカデミー賞においては優秀作品賞および最優秀監督賞を受賞と話題になったので記憶にある人もいるだろう。

　子育てをしていると、なかなか大人向けの映画を観る機会がない。
　レンタルなどして、自宅で子どもが寝た後に観ることもできないわけではないが、なんせ子どもの就寝時刻が遅くなりつつある今日この頃。子どもの就寝後は親も眠くて意識もモーロー、半分夢のなかだ。
とてもじゃないが、ゆっくり映画を観る余力はない。
　また家という空間がTVﾃﾚﾋﾞ画面に集中させてくれない。夕食に使った食器を食洗機がガッシャンガッシャン、ジョワジョワーと洗うなか、派手なアクション映画ならともかく、静かな映画だとひたれない。
　私は、「映画は映画館で観たい」派だ。

　この映画「PERFECT DAYS」は、映画館で観ることができてよかった。
　映画館で観たからこそ、数日経った今も胸に残り、家事のあいまにふっと浮かぶ。これが我が家の居間で観たら、同じ心持ちにはならなかっただろう。

　役所広司が演じる「平山」の日常を描く――旅をしないのにどこかロードムービー的な映画だ。
　平山はひとり、古いアパートで暮らしている。
　職業は都内の公衆トイレの清掃員だ。
　平山の生活はとても規則正しい。
　毎日同じ時刻に目覚め、鉢植えに水をやり、歯を磨いて髭を整え、玄関にある棚から鍵などの必需品を持ち、家を出る。車を出す前にアパートの敷地内にあるこれまた古そうな自動販売機で缶コーヒーを買って、車内で飲む。
　車内に積んであるカセットテープから1本選び、それに耳を傾けながら仕事場であるトイレへ向かう。
　丁寧に仕事をした後の流れも決まっている。
　家で作業着を脱ぐと、風呂屋に向かい、同じ食事処で夕食を食べる。それから文庫本を読みながら眠りにつく。

　平山は無口だ。喋らない。
　なんせ平山の声を聞いたのは、上映から1時間以上過ぎてからだった。
　どこもかしこもお馴染みで、挨拶は軽い会釈や目だけで交わし、食事処も注文せずとも店側が承知したように料理を出してくる。いやぁ、見事だ。

　最初の一日目は、何が起きるのか見落とすまいとスクリーンに目を瞠みはった。
　二日目になると、ああ同じ流れなのだとすぐ得心する。
　休日はどう過ごすのだろうと思ったタイミングで、平山の休日がやってくる。
　平山の生活は定点観測に似ていて、同じようだからこそ昨日と今日の小さな差異が目に留まる。
　平山自身は淡々と淡々と自分にとって好ましい日常をまわしているのだが、外はいつもその穏やかでありたい平山の日常を揺さぶる。放っておいてくれない。

　無口な平山は語らない。表情もあまり変わらない。
　それでも平山の変化の少ない日常を追っていると、次第に平山の心の浮き沈みが伝わってくる。
　あぁ、この出来事は嬉しかったんだな。
　あぁ、やりきれない気持ちになっているんだな。
　こちらも平山のささやかな心の動きとともに、口角が上がったり下がったりする。眉間が開いたり、寄せられたりする。
　いくつかの事件――というほど大きくはない出来事を通じて、平山の生い立ちが垣間見える瞬間もあるがそれらを詮索する気が起きない。
　平山は、今、そこにいる平山のままでいい。
　それ以上も、それ以下もない。

　パンフレットの白い表紙にアルファベットが黒く並んでいる。
　「PERFECT DAY」という字面が16。「DAYS」が「DAY」、複数形の「S」が抜けている。原題には「S」がないのだろうか、単数形であることに何か含んだ意味があるのだろうか。
　英語の知識に疎い私はその違いがわからなくてもどかしくなる。
　だが、次の瞬間「PERFECT DAY」がいくつもあることで「DAYS」になることに気付いた。
　申し分のない一日が続いて、続いて、「申し分のない日々」になる。
　他者からは代り映えのない一日に見えるかもしれないが、平山は一日一日を「PERFECT」に過ごすことで、「DAY」を「DAYS」にしている。
　実際には淡々と過ごすことなんてできない。
　本人がそう過ごそうとしても何かがやってくる。
　淡々と淡々とを申し分のない一日を追い求める平山の頑なさは、どこか「祈り」に似ている。

　映画館で観ることができてよかった。
　私は平山の祈りを今もふと手を止めては考えている。
　いや、その「PERFECT DAY」を繰り返すことがもはや祈りなのかもしれない。