0円と10円が違うことに気付くまで。
#20241027-483
2024年10月27日(日)
就寝のため自分の部屋に向かったはずのノコ(娘小5)が居間のドアを開けた。
「鏡拭き、忘れたからやる」
ノコのお小遣いは、約束した仕事をすることで得られる。月額1000円。それが今時の小学5年生としては安価なのか、高価なのかわからない。
我が家は学用品をはじめ、お菓子などは親が用意しているので、お小遣いの使い道は「親に買ってもらえない」ものとなる。たとえば、学校や学習塾で使えない文具――かわいらしいノートや遊び心のあるペン。百円均一店のノコが一度しか遊ばないオモチャ。際限なくほしがる漫画本。そんなノコの「ほしい」で選ばれたものたちだ。
ノコの仕事は2つある。
1つは、毎食の準備。ランチョンマットを敷き、献立に合ったカトラリーを並べる。
もう1つは、週1回の鏡拭き。洗面台の鏡と玄関の姿見の2つ。
この2つの仕事をすれば、翌月1日に1,000円が手に入る。
だが、ノコは鏡拭きをよく忘れる。週1回なので曜日は問わないのだが、週末の日曜日まで引き延ばし、夜になると翌日は学校だとバタバタしているうちに忘れてしまう。
1,000円という金額は、ちょっと高めだと思っている。
だが、仕事をやり遂げることとセットにしたため、この金額に決めた。あまりにもノコが鏡拭きを忘れるのでつい不憫に思い、提案したことがある。
食事の準備だけでも1ヶ月できたら、500円とするか。
鏡拭きは毎週やってこその金額なので1回100円にはできないが、1回10円なら考えてもいい。
少額でも0円よりはいいだろうと思ってのことだったが、ノコはいい放った。
「1,000円じゃないなら、もらわないと同じだからいらない」
いや、絶対違うだろう。
たとえ10円でも貯めれば100円、1,000円にだってなる。
ノコの辞書には「塵も積もれば山となる」という諺はないらしい。
「鏡拭きは先週やらなかったから、1,000円にはならないよ」
「知ってるし」
ノコは鏡用のウェットシートを棚から出すと、キュッキュッと磨きだした。
「今ね、70円あるからさ、今月は今日やったら3回だから30円はくれるでしょ」
提案した2つのうち、なぜか「鏡拭き1回10円」だけはノコのなかで生きているようだ。
「そうしたら、100円になる」
ノコの口許がゆるんだ。
昨年、小学4年生のノコがいっていたことはどこへ行ったのだろう。
「1,000円もらえないなら、10円はいらないんじゃなかったの? 1,000円じゃないなら、もらわないと同じなんでしょ」
憐れむような顔でノコが私を見た。
「ママ、なにいってんの。10円と0円が同じなはずないじゃん」
「だって、4年生のとき、ノコさんがそういったよね」
ノコが首を傾げた。
「いってないし。覚えてないし」
玄関の姿見と洗面台の鏡を拭きおえたノコがほんとうに覚えていないのか、しれっと返した。
「ママママ、ママママ、ちゃんと拭けてるかチェックして」
私は鏡面を隅々まで確認する。幼い子どものお手伝いなら拭き残しがあってもいいが、これは賃金が発生する仕事なのだ。
「お、きれいに拭けているね。合格だよ。ありがとうね」
「じゃあ、30円ね!」
ノコは今度こそ自分の部屋に向かった。
1年かけて、どうやらノコは0円と10円が違うことに気付いたらしい。
損得のない算数ドリルの数字とは違う。
実生活と結びついたお金だからこその数字の「重み」ということか。
改めて教えたわけではないのに、変わるところが不思議でおもしろい。