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幸福日和 #014「車道沿いをゆっくり歩いてみる」

いつもは、車で通過しているその道を、
自分の足でしばらく歩いてみてください。

見慣れた景色が、
いつもよりもゆっくりと変化していくでしょう?
まあ、当前ですが、、、、。

次の交差点や信号までの距離、
一軒一軒のお店の距離感が
とても遠いものに感じられると思います。

そして、歩く人にとって車道沿いの景色は、
あなたの目には、無味乾燥に映っていることでしょう。

車の中では気がつかなかったけれど、
歩いてみると見えてくるものがありますよね。

道端沿いの看板も、街路樹の一本一本の間隔も、
白いガードレールのデザインも、
歩く人にはあまりにも大きすぎるし、
大雑把すぎる。

何から何まで、間延びして見えます。

普段、車の速度で通る場所を歩いていると、
そういった「街の荒さ」のようなものも見えてくるはずです。

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実は僕たちの生活している空間は、
人間のために作られているように見えて、
実は「車をつかう人」のために
都合のいいまちづくりがされてたりしますし、
その逆に、歩く人にとって丁度いい街もあります。

場所によって、
そのスケール感も、
時間感覚も微妙に違うんですよね。


僕は日本にいた頃は、
東京以上に、
京都や金沢での時間を大切にしていました。

なぜかと言えば、これらの街は、歴史を感じながらも、「歩いて」生活するのに丁度いいからなんです。

その街のお寺や商店街、
一軒一軒の家の距離も、
歩きながら眺めるのに丁度いい。
程よい距離感で人々の生活も完結しています。

ふらっと、繁華街を離れて、
京都だったら鴨川、
金沢なら犀川や浅野川に歩いて出られる。

街のきめ細かさというものは、
やはり車ではわからないですし、
逆に車だから丁度いい街もありますよね。


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僕たちが生活している世界は
同じようでいて、実は場所によって全く違います。

実は「色々なスケール感」で街が設計されて
そのスケール感に合わせて人々が生活している。

都会の街中の「一駅先」と
郊外の都市の「一駅先」の距離感は全く違うし、
日本の「隣町」という感覚と、
アメリカの「隣町」の感覚も違う。

時にはそんな「いつものスケール感覚」を
ズラしてみてください。

車で走る道を、徒歩で歩く。
徒歩で歩く道を、車で駆け抜けてみる。

そうしていくと、
日常生活をルーペで覗くように
色々な発見と出会えるはずです。

あっ、スケール感を変えると、
普段の心配事なんて、
ど〜でもいい悩みだと感じられることもありますから。笑

いろんなスケール感覚で、
日常を見渡してみてください。

くれぐれも夜中に車道を歩いていて、
職務質問されないように、、、。


最後までお読みいただきありがとうございます。毎日時間を積み重ねながら、この場所から多くの人の毎日に影響を与えるものを発信できたらと。みなさんの良き日々を願って。