第6回・数学は苦手だけど「ばらまき批判」に関する論争を理解したい人のために ~ドーマー条件の数式の手ほどき~
今回は、Yahooニュースにも転載されている、現代ビジネスの記事(長谷川幸洋「財務次官が『隠蔽』しようとした『不都合な真実』…実は日本財政は超健全だ!」)をとりあげます。
ヤフコメを軽く眺めたところ、主張自体には賛否があるものの、著者の長谷川氏が示している「ドーマー条件の導出」が複数の点で明らかに誤っていることに気づいている人のコメントはないようでした。
この連載で明示しているように「ドーマー条件」の数式自体は中1レベルの数学がわかれば理解できるものです。
それにもかかわらず、当該記事では「微分公式」なるものを持ち出してハッタリをきかせようとしています。しかも、間違っています。
「間違っている」というのは、私と意見の相違があるという意味ではありません。事実として、数学的に誤っているという意味です。本編の有料部分において、当該記事の誤りを数学的に証明しています。
虎ならぬ「数学の威を借る狐」の正体を示したという意味で、今回の記事はこれまでの連載記事よりも付加価値が高いと考えており、有料とさせていただきました。
有料部分を読まなくても理解できる人は少なくないと思います。
だからこそ価値があると思っています。
「納得できないけど、反論もうまくできない」という方にこそ読んでほしいのです。
なお、「『導出』が間違いだとしても、著者の主張自体は正しい」とか「『導出』自体は付録であり、著者の主張の本筋は○○だ」という意見を持つ方もいるかもしれません。
そのような方は、このあとの「0.初めて読まれる方に向けた前書き」をご覧ください。
0.初めて読まれる方に向けた前書き
(第1~5回と同じ内容ですので、それらを読んでいただいた方は2に飛んでください。)
矢野財務事務次官の寄稿が話題になっていますね。
反論記事等もYahooでよく見かけますが、その際のキーワードの一つが「ドーマー条件」(「ドーマーの定理」とも)です。
小難しい説明と一緒に数式が出てくると、煙に巻かれてしまいそうになりますが、実は数式そのものはいたって簡単です。
正確な理解は建設的な議論の前提ですので、ドーマー条件の説明で出てくる「数式」を思いきりかみ砕いて説明してみます。中1レベルの数学が分かる人には理解できる説明を目指します。
想定読者はタイトルに記載の通り、「関心はあるが、数式を見ただけで嫌になる」という方です。
想定読者の方はこのまま読み進めてください。
想定読者よりも豊富な知識をお持ちの方は、「初心者への説明はここまで詳しくやるのか」(あるいは、「そこまでは必要ないんじゃないか」とか「もっと詳しくやらないと!」)という視点でご高覧いただければ幸いです。
なお、上記が本記事の執筆趣旨ですので、矢野氏や反論者の主張自体は取り上げません。
また、「ドーマー条件」そのものの詳細な説明も行いません。
「よくわからない数式で煙に巻かれる」ことを避けるための記事です。
1.これまでの流れ
第1回では、わかりやすさを重視して、「プライマリーバランス(PB;当年度の収支)がゼロの場合」の数式解説を行いました。
第2回では、「プライマリーバランス(PB;当年度の収支)がゼロの場合」という条件を取り払い、一般的な形での数式解説を行いました。
数式解説自体は第2回で完了しています。
しかし、実は各種記事で提示されるドーマー条件の数式は、第2回で示したものと異なっていることが少なくありません。
そこで、第3回からはドーマー条件に言及しているニュース記事等を参照し、第2回で解説した数式との異同を解説しています。
単なる表記上の差異であることもあれば、提示された数式が誤っていたり、「誤りとまでは言えないが説明不足」であることもあります。
第3回以降は下記のリンク先をご覧ください。
第3回:
実例1 新経世済民新聞 《【藤井聡】財政規律のための「ドーマー条件」の性質について》より
第4回:
実例2 日本経済研究センター 「財政クイズ 日本の財政再建、どうしたら良いですか?」より
第5回:
実例3 日本経済新聞"大機小機" 「矢野次官は間違っていない」より
実例4 明治安田総合研究所 「いつまでも逃げられない財政再建」より
2.比較解説 実例5
今回は、Yahooニュースにも転載されている、現代ビジネスの記事(長谷川幸洋「財務次官が『隠蔽』しようとした『不都合な真実』…実は日本財政は超健全だ!」)をとりあげます。
https://news.yahoo.co.jp/articles/288cb99553ba895a3b19119dea3ba5e135183cc1
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/88321?imp=0
記事の最後に、「ドーマー条件の導出」とした計算過程が記載されていますので引用します。
以下、これを「実例5」と呼びます。
一見、正しそうなのですが、実は問題だらけの内容なので、今回は少し長くなってしまいます。
ところで、Yahooニュースではブルーバックス系の記事において、数式が無理にテキスト表示されているせいで、不必要にわかりにくくなっていることがよくあります。
この記事をYahooで見た時も、非常に読み取りにくかったので、現代ビジネスのサイトを見てみたのですが・・・同じでした。上記引用画像の出典は現代ビジネスです。
それでは、この「導出」の記載内容を確認していきましょう。
2.1. 「微分公式から」?
いきなり、「微分公式から」と書いてありますが、私にはどのような公式を意図しているのかがわかりません。
念のために、「微分公式」で検索してみたりもしましたが、今回の数式に当てはまるような「公式」は見つかりませんでした。
一応、見やすい分数表示に変えてみましょうか。
これが正しいのかどうか私にはわかりません。ただ、自信をもって言えることが二つあります。
まず、Δ(D/Y)は「(D/Y)の増減(変化)」であって、決して「変化率」ではないということです。
記事を読む限り、どうやら著者は「率の変化」(=増減。足し算・引き算)と「変化率」(割り算)が異なるものであることが分かっていないようです。著者の言う『変化率』は「率の変化」を意味することもあれば、「変化率」を意味することもあるようです(よくわかりませんが)。
次に、ドーマー条件の数式を理解・説明する上で「微分」を持ち出す必要はまったくないということです。「微分を用いると、より正確な表現になる」とか「微分を用いると、より簡潔な説明が可能になる」ということはありません。
この連載のタイトルに書いたように中1レベル(か、せいぜい中2レベル)の数学が分かれば十分です。この連載では説明は丁寧に行っていますが、内容を無理に単純化することはしていません。元々、単純な話なのです。
「微分」だとか「微分公式」だとかを持ち出す意味があるとすれば、「背伸び・はったり・こけおどし・めくらまし」だけです。
閑話休題。
赤枠の外の数式変形は機械的なものであり、誤りはありません。
分数表示すると、こうなります。
2.2. 「定義により」?
次に行きましょう。
ん?「定義により」と書いてありますが、まったく定義によっていませんね。著者の「導出」における定義は、これだったはずです。
この定義からは、以下の内容は導けません。
この設定自体は(舌足らずな部分を補って読めば)おかしなものではないのですが、これは定義から導かれる内容ではなく、「定義の一部(新たな定義)」です。
著者が自分の書いている内容を理解していないのではないかという疑念が膨らみます。(俗に言う、「『定義により』って言いたかっただけちゃうん?」的なやつですね。)
なお、この定義は私の第2回の数式にも同じ内容のものが出てきます。該当部分のみ示します。
2.3. 代入
つぎに、
を
に代入するとのことです。
この代入も機械的な処理であり、誤りはありません。上記の式を分数表示で示すとこうなります。
2.4. 著者の「導出」の結論
上記数式を言葉にすると、
だそうです。
左辺は「変化率」ではないという点は、先ほど指摘した通りです。
参考までに、この最終形に対応する数式も分数表示で示します。
2.5. 第2回の数式との比較
ここで、私の第2回の数式と比較してみましょう。
ここでは定義と最終形のみ示します。
計算過程は第2回の記事をご覧ください。
実例5を再掲します。
同じような形ですが、違っているところもありますね。実例5は分母に(1+g)がついていません。
この違いは、実例5の不備によるものです。
不備内容は前回の実例4の不備に類似しているのですが、「説明不足」であった実例4と異なり、実例5は明らかに「誤り」です。
2.6. 実例5の誤りの解説
まず、実例5の最終的な数式が正しい数式となるためには、「債務残高:D」が「前年度末の債務残高」であり、「GDP:Y」が「当年度のGDP」である必要があります。
(これは、例えば第2回の数式と比較すれば明白です。)
ところが、このことはどこにも明示されていません。いつの時点の数値を指しているのかは極めて重要な情報ですので、著しい説明不足です。
実例4に対する指摘はここまでだったのですが、実例5に対する指摘は続きがあります。
という箇所がありましたね。この記載は「GDP:Y」「債務残高:D」がともに前年度の数値であることを示しています。
理由は下記の通りです。
成長率gは通常、「当年度のGDP - 前年度のGDP」(=ΔY)を前年度のGDPで割ることにより算出します。
また、前年度末の債務残高に金利rをかけたものが、当年度分の金利負担(=ΔD)になります。(PBは一旦わきに置きます)
このように「GDP:Y」「債務残高:D」がともに前年度の数値であることを前提として説明を始めたのに、結論では「GDP:Y」が当年度の数値であることになってしまいました。
同一記号「Y」の示す内容が、どこかですり替わってしまっており、論証が成立していません。
(なお仮に、すり替わっていないのだとしたら、「導出」で最終的に示された数式は根本的に誤っているということです。それでは、議論の材料にはなりえません。)
実例5が全体として誤りであることがはっきりとしました。
2.7. 余談その1
以下は余談ですが、上記のねじれはおそらく、よくわからない「微分公式」から導かれた最初の数式が誤っているせいではないかなと思料します。
その後の機械的な変形・代入には誤りはなさそうなので。
2.8. 余談その2
前書きで強調している通り、本連載の目的は「ドーマー条件」を議論の材料にする際に、数式が誤っていないかどうかを分析・確認するものであり、各論者の主張・意見自体については論じません。
ただ、今回のような「導出」を提示する人の主張・ロジックがどの程度のものなのかは推して知るべしだとは思います。
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