第4回・数学は苦手だけど「ばらまき批判」に関する論争を理解したい人のために ~ドーマー条件の数式の手ほどき~
今回は日本経済研究センターのWEB記事「財政クイズ 日本の財政再建、どうしたら良いですか?」(執筆は明治大学・田中秀明教授)を取り上げます。
0.初めて読まれる方に向けた前書き
(第1~3回と同じ内容ですので、それらを読んでいただいた方は2に飛んでください。)
矢野財務事務次官の寄稿が話題になっていますね。
反論記事等もYahooでよく見かけますが、その際のキーワードの一つが「ドーマー条件」(「ドーマーの定理」とも)です。
小難しい説明と一緒に数式が出てくると、煙に巻かれてしまいそうになりますが、実は数式そのものはいたって簡単です。
正確な理解は建設的な議論の前提ですので、ドーマー条件の説明で出てくる「数式」を思いきりかみ砕いて説明してみます。中1レベルの数学が分かる人には理解できる説明を目指します。
想定読者はタイトルに記載の通り、「関心はあるが、数式を見ただけで嫌になる」という方です。
想定読者の方はこのまま読み進めてください。
想定読者よりも豊富な知識をお持ちの方は、「初心者への説明はここまで詳しくやるのか」(あるいは、「そこまでは必要ないんじゃないか」とか「もっと詳しくやらないと!」)という視点でご高覧いただければ幸いです。
なお、上記が本記事の執筆趣旨ですので、矢野氏や反論者の主張自体は取り上げません。
また、「ドーマー条件」そのものの詳細な説明も行いません。
「よくわからない数式で煙に巻かれる」ことを避けるための記事です。
1.これまでの流れ
第1回では、わかりやすさを重視して、「プライマリーバランス(PB;当年度の収支)がゼロの場合」の数式解説を行いました。
第2回では、「プライマリーバランス(PB;当年度の収支)がゼロの場合」という条件を取り払い、一般的な形での数式解説を行いました。
数式解説自体は第2回で完了しています。
しかし、実は各種記事で提示されるドーマー条件の数式は、第2回で示したものと異なっていることが少なくありません。
そこで、第3回からはドーマー条件に言及しているニュース記事等を参照し、第2回で解説した数式との異同を解説しています。
単なる表記上の差異であることもあれば、提示された数式が誤っていたり、「誤りとまでは言えないが説明不足」であることもあります。
第3回はこちら:
実例1 新経世済民新聞 《【藤井聡】財政規律のための「ドーマー条件」の性質について》
2.比較解説 実例2
今回は、田中秀明「財政クイズ 日本の財政再建、どうしたら良いですか?」(日本経済研究センター) https://www.jcer.or.jp/blog/tanakahideaki20190703.html をとりあげます。
第1回でも紹介した数式です。第1回で言及した通り、必要な要素が明示されていて、理解しやすい数式です。後述するミスがなければ完璧なのですが。
記事で紹介されているのは下記の数式です。以下、「実例2」と呼びます。
なお、数式の後に以下の解説が付されています。
右辺の2つ目は、「基礎的財政収支」(プライマリーバランス)であり、過去の債務に関わる元利払い以外の支出と、公債発行などを除いた収入との収支を示す。
第2回の数式の定義と最終形はこうでした。
(計算過程は第2回の記事をご覧ください。)
1点を除き、同一です。第3回で取り上げた実例1の場合は見かけ上、PBの前のプラスマイナスが第2回の数式と逆になっていましたが、今回はそういうこともなく、一致しています。
ただし、第2回の数式ではPBをGDP(1+g)で割っていますが、実例2では分数にはなっていません。ここは実例2の誤りです。
実は、実例2の解説にはこのような一文もあります。
プライマリーバランスが均衡している場合(右辺第2項がゼロ)、利子率より成長率が大きければ、右辺はマイナスとなり、債務残高は対GDP比で減少する。
「PBがゼロの場合」には、実例2と第2回の数式は完全に一致します。「PBがゼロの場合」に意識が向きすぎてしまい、分母を書き落してしまったのではないでしょうか。
実例2の素晴らしいところは、t期、t-1期という補足記号を付して、「いつ時点の数値なのか」を明確にしているところです。次回以降、この点をあいまいにして数式がごまかし気味になっていたり、間違っていたりする事例を紹介しようと思います。
この論点に関しては、実例2が「模範解答」となります。
3.今回のポイントのおさらい
すぐ上で書いたことですが、GDPや債務残高がいつのものなのか(当年度分・当年度末なのか、前年度分・前年度末なのか)を明確にすることは重要です。「重要」というか、最低限のルールと言った方がいいかもしれません。
実例2はしっかりと明示していますが、そうでない例もあり、その場合には読者が混乱したり、煙に巻かれたりする一因になります。
今回の記事は以上です。
読んでいただき、ありがとうございました。
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