空の雲フーの幸せレシピ 第3話
伝書バトのコルムは、フーの横でバタバタと羽ばたいています。
その音を聞きながら、フーは北風に引っ張られて、ひゅるるーと北に向かって進みました。
しばらくは、フーとコルムの下には、ただ海が広がっているだけでした。
フーは退屈しのぎに、コルムが前もって教えてくれた、若い雲が楽しめる場所の特徴をブツブツと唱えはじめました。
(山があって、川があって、原っぱがあるところ・・・。)
やがて遠くに陸が見えてきました。近づくと海の水が流れ込む川も見えてきました。その両側には、人間のつくった大きな町も見えました。
でも、そこには山が見当たりません。原っぱも所々に見えてきましたが、山はやっぱり見えません。
さらに進んでいくと、やっと、なだらかな山が見えてきました。それも1つだけではなく、3つ同時に見えてきたのです。
3つの山の真ん中には、広い川が流れています。山にはモミの木が生え、その横の広い原っぱにも、モミの木が点々としています。
濃い緑色にそびえたち、先をまっすぐに空に向けて生えているモミの木はとてもきれいでした。
下に広がる様子を見て、フーは小さい頃に家族と行った旅行先でも、モミの木を見たことを思い出しました。
いえ、「見た」というのでは、少し説明が足りません。正確に言うと、フーはモミの木に「引っかかって」しまったのです。
雲には、興味を強く引かれたものに、くっつく性質があります。そして、周りの温度が下がれば下がるほど、離れられなくなってしまうのでした。
子どものフーは、家族旅行の途中で、生まれて初めて地上に生えたモミの木の近くに来ました。
枝に積もった雪がキラキラ光っていました。その美しさにフーは思わず目を奪われました。
(なんてきれいだろう!)
フーがそう思って、手を伸ばして雪で凍った枝に触れた瞬間、フーの体は、モミの木にくっつきました。
それはとても寒い日で、フーは、どんなにもがいても、自分の力で枝から離れることができませんでした。
こうして枝にひっかかってしまったフーのそばには、助けてくれる大人雲が誰もいませんでした。
一緒にいたはずのフーのお父さんは、フーがモミの木に引っかかっていることに気付づかずに、どんどん先へ行ってしまったのです。
こうしてフーは木の上に、ひとり取り残されました。
人間の子どもも、出かけ先で親とはぐれてしまうことがあるでしょう?
地上でそんなことが起こると、親切な大人が迷子を見つけて、「迷子のお知らせです」とアナウンスが流れることがあります。
フーの「引っかかった」事件の時にも、ちゃんと空のアナウンスが流れました。そのおかげで、フーは無事にお父さんと再会することができました。
フーはこの時の出来事をよく覚えていました。
知らせを聞いてフーを迎えにきたお父さんが、大きな腕を広げて、ぎゅっと抱きしめてくれたこと。
このことを後から聞いたお母さんが、泣いてフーの無事を喜んでくれたこと。
迷子になっている間に、地上で出会った面白い動物や人間たち。
こうした記憶は、フーが大きくなっても消えませんでした。
フーは、モミの木に引っかかって、周りに心配をかけたことを思い出して、恥ずかしくなりましたが、コルムにこう言って、気持ちを落ち着かせました。
「ぼくはもう、木の枝に引っかかって動けなくなることはないよ。もう、大人だからね」
フーは一瞬目をつぶって、家族旅行で起こった、他のアレコレについても考えました。
するとコルムが、ク、ク、クルックー、クルックーと大きな声で鳴きました。
フーはハッと我に返りました。
(そうだ、今は別の目印をよく探さないと。十字架のある建物はどこにあるかな?)
フーが目をこらして見ると、いつの間にか、人間が作った大きな建物がポツン、ポツンと建っているのが見えました。
川の近くには、とんがった高い屋根のある建物が建っています。
その建物の壁は白く、屋根は赤くて、その先には鐘がついていました。さらにその屋根の上には、大きな十字架がついていました。
フーは十字架を目にしたとき、ピンときました。
「あそこだ!あそこなら、いいことに出会えそうだぞ」
フーはそう言って、北風のしっぽから手を放しました。
「北風さん、ありがとう!」と去っていく北風に向かって言うと、北風はブルン、とあいさつを一言返しました。
フーはすぐに視線を下に向けて、コルムといっしょに、ぐんぐん地上へ降りていきました。
つづく
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