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本の虫12ヶ月 9月



 歩きながら本を読む息子を、

 「歩きながら本を読んでたら、二宮金次郎になっちゃうよ!」

 と叱ってから考えた。二宮金次郎になったら、いけないのかな。

 いや、二宮金次郎になったら、金属供出で出征させられるもんな。やっぱり、二宮金次郎になんて、なっちゃいけない。

 5歳児が読んでたのは、「最強王図鑑 水中生物バトル」です。まだ字を読めないものでね。





「大和路 信濃路」
堀辰雄

「それからぼくはしずかに古代の文化に
心をひそめるようになりました。
信濃の国だけありさえすればいいような
気がしていたぼくは、いつしか
まだすこしも知らない大和の国に
切ないほど心を誘われるようになってきました」

信濃の国さえありさえすれば。
なんていうパワーワード。
堀辰雄先輩、大好きです。
長野県の広報で使ったらいいんじゃないか、
「信濃の国さえあればそれでよい」

司馬遼太郎がいってた、
学徒出陣で呼ばれるまえに、
学生たちが大和路をさまよったこと。
三笠のやま、なんてことばが、
さらりと出てくるようなうたの国。
堀辰雄は感情的かもしれないけれど、
わたしもおなじくらい感傷的。
万葉集を漫然と眺めたり、
斑鳩だの、姨捨だのいった言葉に、
胸をしめつけられるのが、よくわかる。
堀辰雄の推薦図書(ドゥイノの悲歌とか、
ラディゲの舞踏会とか、蜻蛉日記とか)を、
読んでみたら合うのかもしれない。
クレーヴの奥方と、更級日記は好きだから。


「はてしない物語」
ミヒャエル・エンデ

これはわたしの読書ではなく、五才の息子に
読み聞かせていた本なのだけれど、
これでじぶんの本はなかなか進まなかったので。
いれちゃえ。
わたしが読んでもらったのは、六歳か七歳か、
よく覚えていないけれど、本の世界の入口になる
本だった。祖母が、忍者のように本屋に現れて、
さっとお会計を済ませてくれた、ふるいふるい本。
大人になって読むと、理解度が違うなあ。
ああ、これはナチスドイツを暗示してるのかしら、
とおもうようなところが点々とあったり。
わたしがなんどもなんども笑った部分で、
息子は笑いもしなかったり、
ああ、違う人間なんだな、
とおもった。母がしてくれたみたいに
最高にコミカルに読めなかったせいかもしれない。
息子、ちゃんと情景や状況もみな理解して聞く。
わたしはもっとおぼろにしか理解できなかった。
読み聞かせも、このくらいの難易度になってくると、
こちらも楽しめるのよねえ。
「トリケラトプスの冒険」
「ふみきりかんかんかん」じゃなくってね。
次は長靴下のピッピなんか
いいんじゃないかと思ってる。


「行人」
夏目漱石

 漱石をよみかえす倶楽部二冊目。
お兄さんが鋭敏すぎ、考えすぎることによって、
かぎりなく神に、救いに近づいて、
けれどかぎりなく遠いような、
この本は、けっこう好きな漱石。
お兄さんが、もしそのすべてを、
みあしの元に投げだすことができれば 
よかったのにね。そう考えてみると、
考えすぎるお兄さんのようなひとより、
お貞さんのような、単純なひとのほうが、
真理に到達しやすいのかもしれない。
だから、うわべだけだと分かっていても、
お兄さんはお貞さんに憧れたのかな。



「信州風景画万華鏡」
岸田恵理

信濃美術館の元学芸員さんの美術エッセイ。
まえに本屋さんで片っ端から信州とついた本を
買ってきたときからの積ん読、消化。
けっこう日本の洋画家だとかを網羅しているので、
勉強になる。長野市だから、ちょっと松本は薄め、ね。
カバーがいいなあ、いい装丁で、愉しい。


「エイミーの台湾日記」
ホームスクーリングビジョン

ちあにっぽんから送っていただいた本。
日英対訳になっている、ヤングクリスチャン小説。
日本語を読みつつ、ところどころ英語を混ぜて
息子に読み聞かせた。とてもよかった。
神さまについての、
とても自然な会話の糸口になった。
ちあにっぽんの教材は、
とてもよい。りか1をいま、やっている。


「そこから青い闇がささやき」
山崎佳代子

さんくしょん、サンクション、と彼女は繰り返した。
ジンバブエの歴史について、きいたときに。
sanctionってなあに、ときいてわかった。
ああ、いまロシアが課されているあれ、ね。
制裁、っていうやつ。あの効果がなさそうな。
家にかえって、ユーゴスラビアのこの本を
読みかえす。制裁。

なんのサンクションも受けていない日本だけれど、
お米を買えなくて、なんとかやりくりする日々が続く。
きょうはなにを作ろうかしら、タコライスなんかいいわね、あら、でもお米がないわ、と主婦は手足をもがれる。それでもわたしたちは、なんとかやっている。お米がないだけで、ほかの食べ物は冷蔵庫にあふれているし、スーパーは山盛りの秋の果実で彩られていた。じわじわと、物価高はわたしたちを、鍋のなかのカエルみたいに茹でている。主婦はそう感じている。

ぴんく色の貧乏、と片山廣子さんが言ったのを思いだす。わたしがあのひとが好きなのは、しなやかに詩人の感性で、苦しい時代を生きたからだわ、とおもう。だから、この本も好き。苦しんでいるひとたちと、共に苦しむことを、みずから選んだ詩人のことば。苦しみには真実味がある、みたいなことを、エミリー・ディキンソンが言っていなかったかしら。夜の霧に、この本に、そういう本をふたたび手元に引き寄せる。



「ペルーからきた私の娘」
藤本和子

わああ、またこんなすごい本を読んじゃって!
和子さんが、富士日記を読んでいた記述をよんで、
うれしくなる。おなじ本を読んできたことは、
見知らぬひとたちに共通の記憶をつくる。
ああ、なんて幸せなんでしょ。
トニ・ケイド・バンバーラのお母さんの聞書きが、
さいごに載っていたのがうれしかった。
塩食う女たちで、なんども読み返した、ヘレンさん。
ちょっとうちの母に似ているのだよなあ。
エネルギッシュさは、敵わない、というか、
うちのひとたちには、そんなものないけれど。
精神が。物質的なものに囚われない豊かさ、
精神の自由という無形の遺産を、
子どもに残してくれたところが。
うちの母、まだ元気ですけれどね。
だから、この本が好きだったのだ。
わたしが吸っていた空気、でも言葉には
できなくて、外に出ればすぐに押し潰されそうな
わたしたちの変わったところ、と
共通する精神を、本のなかに見出したから。
いまこそ、おおきく息を吸えそうな、そんな感じ。


「クレーヴの奥方」
ラファイエット夫人

暇なときのお供、クレーヴの奥方(なぜ?)
はじめてシュトルムのみずうみに似てる、
とおもって、たしかにシチュエーションは
似てるなあ、と思った。うつくしい邸宅が
出てきてねえ。クレーヴの奥方も、
エリザベートも、どちらも死んじゃう。
小説が不道徳に陥らないために。
みずうみの邸宅が、好きでたまらない。
農業もしていて、機能的でもあって、
うつくしい湖の畔に立っている。
お屋敷だけれど、享楽的ではない。
あの本にただよっているあの雰囲気、
あれはクレーヴの奥方ともつながっていたのかあ。
シュトルムが影響を受けたのかな、
それとも偶然? 
わたしのなかで、繋がってしまった。


あゝ野麦峠
山本茂実

あのあたり、松本の辺り、諏訪の辺りに、
いまでもかすかに漂う歴史の幽霊たち。
松本の片倉工場跡は、いまではイオンになって、
まわりの商業施設を片っ端から潰している。
片倉はとても景気がよくって、その手前の道の名は、
日の出通り、日の出の勢いのように
儲かっていたから、だとか。

波田の松林の辺りを通っていった女工たち。
本にでてくる松本のひとたち。
こういう歴史を拾っていくのがすき。
土地に感じる、言葉にはできないなにかに、
光を照らすこと。理解しようとすること。

すごい本だよねえ。
ほんとにすごい本だよ。
山一争議と岡谷市民の対応なんかは、
水俣病と水俣市民を思いだした。



「宝島」
スティーヴンソン

「わくわくとどきどきがつみかさなって、
とってもいい本です」
by 5歳児
二週間くらいで、読み聞かせおわった。
おもしろかった。
こういう古典、わたしも
読んでないから、
ふたりで夢中になって読んでた。


「長くつ下のピッピ」
 アストリッド・リンドグレーン

なつかしいなあ、おぼろに覚えていた。
ピッピの抽斗のなかに、宝物がいっばい入ってるのが、
すごくどきどきした記憶がある。

感想
「ながぐつしたのピッピは
とてもいい本です。ぼくがよんだなかで、
いちばんいい本だとおもいます。
たからじまもおもしろい本でした。
ながぐつしたのピッピのさいごのところを
かいてみようとおもいます。
えっと、どうだったっけ。
『ピッピは、じぶんのはなをつかむと、
ぎゅっとねじりました』
ピッピの本はいろんなできごとがあって、
たのしいほんだとおもいます。
いちばんおもしろかったのは、
ピッピ、スパイにはいられる、のところです」


「椿の海の記」
石牟礼道子

石牟礼さんは、わたしの読書の到達地点
かもしれしない、とおもう。
何人もの女のひとが、星座みたいにつらなって、
点から点へと進んできた。それは幼いころから
始まっていて、そういえば幸田文さんや、
米原万里さんだとかも、わたしを
 形成して、感化してきた星のひとつだった。
星というのは、生きていてはなれないものと、
なぜだかおもっている。
こんなに豊かなことばの世界が、
ゆたかな魂の世界が、目に見えない世界が、
ふれられる世界とまじりあっているような
こんなことばがあったなんて、すごい。
ここにたどりつけただけで、
ただ本だけ読んできた人生もむだではなかった。
西南戦争について書いた、という本を
つぎは探してみようかなあ。


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