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5分小説 『レンジで珍男』

 一人暮らしを始めたら、もう少し料理を作るかな、なんて思っていたけど、人間そう簡単に変われるものでもなくて。

今の時代、フライパンや包丁を使わなくともご飯にありつけるのだと知ってしまったが最後。私は見事に冷凍食品に魅了されてしまったのだった。

 びっしり詰まった冷凍室から、気になる一品をチョイスし、外袋を剥がしてレンジにセットすること約5分。

その間に窮屈なジャケットとスラックスを脱ぎ捨て、ゆっるゆるなジャージに着替え、伸びてきた前髪をちょんまげに結い、メイクとコンタクトを落とす。

グラスとフォークをテーブルに準備し、冷蔵庫内のアルコールを物色していると、チン、と間抜けな音が私を呼ぶ。

「あっちっち!」
立ち上る湯気に気を付けながら、紙の器の端っこを持ってテーブルまで運ぶ。

缶ビールをグラスに注ぎ、透明のフィルムをペロンと剥がせば、本日のディナーの始まりだ。

「いっただきまーす!」
作る手間と労力を省いた分、私は精一杯の感謝を込めて手を合わせた。

「ん! 意外とイケる!!」
初めて買ってみたあまり知らないメーカーの、あまり聞いたことのないアマトリチャーナというパスタ。

ミートソーススパとも、ナポリタンとも違う、新たなパスタとの出逢いに感動する私。

パケ買いだったけど買って正解だったな、なんてほくそ笑んでいたら
「そのアマトリチャーナうまいやろ?」
突然背後から見知らぬ男の声がして、私はびくりと肩を震わす。

怖くて振り向けないでいたら
「あーすまんすまん! 驚かせてしもたな」
男の方が回り込んで、私の向かいの椅子に平然と腰を下ろした。

「い、一体どこから入ってきたんですか?!」
口の中のものが飛ぶのもお構い無しに、私は声を荒げる。

だってここ5階! いくら身体能力の高い男でも、そう簡単にのぼれる高さじゃない。

「ん? どこってそんなん……」

あんなかからやん!

当然やろ、と言わんばかりに、その男はうちの電子レンジを指差した。

「……はあ?」
「あれ? 知らんかったん? そのパスタの外袋よう見てん」

 出会って間もない男の言いなりになるのは癪だったが、私は渋々つい先ほどごみ箱に捨てた外袋を取り出す。

「ほれここ」
スッと私の隣に立った男が人差し指でツンツンと示すところを目で追う。

『ごくまれに馴れ馴れしい男が封入されておりますが品質には問題ありませんので、安心してお召し上がりください』

……って安心して食えるか!

思わず握っていた袋をその場に投げ捨てるも、音もなく床に落ちただけだった。

「馴れ馴れしいってとこが気に食わへんねんなあ……」

いや、私はあんたの存在そのものが気に食わないよ!

「そもそも何者なんですか? あなたは!」

パスタの妖精? っていうほどかわいくないし。羽も生えてないし。どこにでもいそうなごく平凡な男だ。

しいて言うなら芸人の誰かに似ていそうなくらいで……その誰かさえもパッと思い浮かばないけれど。

「そうカッカッすんなて! 俺はアマトリチャーナがめっちゃ好きで、もっと普及してほしいなって思ってこの商品開発したんや」

ってことはもしや開発中に何かあって亡くなったせいで、未だ成仏できてないとかそういうアレ……?

「あー安心せえ。俺は幽霊ちゃうぞ。まだ生きとるからな」
そう否定してくれたおかげで、オカルト系が大の苦手な私は一先ず安堵する。

が、男のさらなる一言に、私は余計に頭を抱えることとなる。

「やから、たぶん生き霊ちゃうかなー」
「…………ええ?!」
「この商品を発売してからというものの、時折クレームが入ってな。アマトリチャーナを食べようとするとうるさい男が現れるっていう」

あ、私以外にも被害者がいたのね……

「で、その謎の男の正体がどうやら俺らしくて」
と、誇らしそうに己の胸を叩く。

ってそこ誇るとこじゃなくない?

「でも、死んでるわけちゃうし、なんでやろなって社員一同、不思議がってたんやけど、社長が『神村くんのアマトリチャーナへの思いは並みならぬもんがあるからな! きっと生き霊ちゃうか? あっはっはっ!』って言うてたから、たぶんそういうことなんちゃう?」

疑問系で返されても、こっちも何とも答えられないんだけど……

「あ、すまんな長々と語って。あったかいうちに食べや。まあうちのアマトリチャーナは冷めてもうまいけどな!」
と男はとびきりの営業スマイルを浮かべる。

悪いけど、もう食欲失せたよ……わたしゃ……

「ほな、そのアマトリチャーナ、周りの人にどんどん薦めたってな? なんてたってうちのイチオシ商品やからな!」
喋るだけ喋って満足したのか、男はちゃっかり宣伝してからレンジの扉を開け、足から中へ入っていく。

絶対入らないだろ! と思って見ていたのに、男は慣れた様子で器用に身体を折り畳んで、レンジの中にすっぽりと収まった。

……おまえはエスパー伊東かよ!

「すまんけど、閉めてく……」
みなまで聞く前に、私は勢いよく扉を閉めた。

明日にはこのレンジをリサイクルショップに売ろう、と心に誓いながら。


 そして、その珍男と出会って以来、私は冷凍食品恐怖症となり、料理の腕が格段に上がったのだった。



(20160229)

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