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詩小説 『愛しき梅の花よ』 #シロクマ文芸部


 
梅の花のつぼみがふくらむ季節に
 机をくっつけてぼくの教科書を
 いっしょに見ていた時のこと。

 「この漢字、もう習ってるの?」
 「え、うん」
 「わたしまだ習ってない……」

 一つの漢字を指差すその子は
 三学期に転入したばかりだった。


 元々転校生の多い地域だから
 教科書を見せてあげることは
 気にもしてなかったけど

 そんなこともあるんだな、と
 転校した経験がないぼくは
 しみじみと思った。

 「なんて読むの?」
 「“うめ”だよ」
 「へえ、これがうめなのかー」

 とまじまじと見入るその子に
 ぼくはなぜか“ばい”という
 読み方もあることが伝えられなかった。
 


 梅の花が咲き誇る季節に
 ぽっと花開くようなやりとりが
 耳朶だびに触れる。


 「松・竹・梅ってどっちが格上だっけ?」
 「いきなり何の話?」
 「週末にお父さんとご飯食べに
 行くんだけど、どれ選んだらいいか
 わかんなくて……」
 「お店はもう決まってるんでしょ?」
 「うん」
 「なら、そのお店をググッて
 値段調べてみたらいいじゃん」
 「あ、そっか!」

 そういうとスマホで検索し始める。

 「うわっ! 松が一番高いみたい」
 「久しぶりに会うんなら
 一番高いのお願いしたら?」
 「うーん、それはそうなんだけど」
 「じゃあ無難に竹でいいじゃん」
 「そうしよっかな。
 でも梅が格下だなんて何か意外」
 「確かに。少なくとも
 竹よりは上っぽいのにね」
 「松もチクチクしてるイメージ」
 「なら梅でうめぇも有りじゃない?」
 「なにそれ、サブすぎ!」

 笑い合う女子達に逆の場合もあるんだよ
 と思いながら中学生になっても
 ぼくはやっぱり何も言えなかった。


 梅の花がこぼれつつある季節に
 春風のような言葉が流れ込む。

 「桃の花や桜は愛でるわりに
 梅の花って注目度低いよね」
 「そう?」
 「ひな祭りと言えば桃の節句
 お花見と言ったら桜でしょ?」
 「まあ言われてみたらそうかもね。
 梅は実の方がメインなのかも」
 「だから私は毎日、日の丸弁当!」
 「結局あんたも梅の実狙いじゃん」
 「あは、バレたかー」

 この教室で机を並べて
 友達と昼食をともにするのも残りわずか。

 ぼくは自分の弁当の赤い実を口に入れる。

 いつもより酸っぱく感じたのは
 きっと気のせい……だと思う。


 梅の実の収穫を迎える季節に
 
 「梅酒ロックで!」

 という声が居酒屋に響き
 ぼくはつい目を向ける。

 「あ!」

 先に気づいたのは彼女の方だった。

 「竹松くん、だよね?」
 「あ、うん」
 「一緒の席座っていい?」
 「まあ……」
 「こうしてみると
 小学生の時を思い出すね」
 「まだ覚えてんだ」
 「そりゃだって……」

 まだ呑んでいないはずの
 彼女の頬が赤く染まる。

 「はいよ、梅酒ロックお待ち!」

 とテーブルに置かれた
 グラスの氷がとコロンと音を立てる。


 「……初恋の人だから」


 今日こそ言えるだろうか。
 ぼくも同じ気持ちだと。


 そしてこの梅酒は
 うちの農家で採れた梅で
 作られたものだと。



 学校(特に都道府県)によって習う順序が違うんですよね。だから、学期の途中で転入した私は、正確にいうと“梅”の漢字は習ってないんですよ。ってわけでこんなお話に。

 まあ担任によって教科書の最後まで終えられなかったパターンもあるけども。土曜授業がなくなり、二学期制を取り入れようとしてA週とB週の時間割があったり(教師も子どもも大混乱!)、円周率を3で教わったり……(実際にはちゃんと3.14で計算してたよ!)ゆとりと言われる世代だけれど正直ゆとってる暇もなかったわ! とつい思ってしまった私なのでした。


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