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3分小説 『思い出ストレート』 #爪毛の挑戦状(2)【B面】


 わたしは、颯真ふうまくんのくるくる頭が好きだった。

背が高いわけでも、足が速いわけでも、勉強が得意なわけでもないから、クラスで目立つタイプの男の子ではなかったけれど、颯真ふうまくんの色素の薄いカフェラテ色の、ふわふわとした髪質がわたしは好きだった。

気がついた頃には、わたしは颯真ふうまくんのすがたを目で追うようになっていた。

 夏休みの間に解放されていた学校のプールで散々泳ぎ回った後、わたしはクスノキの幹に背をあずけ、校庭を元気に走り回る男子たちの騒ぎ声を感じつつ、図書室で借りた本をめくりながら、うつらうつらしていた。


果琳かりんちゃん」

その声に顔を上げると、わたしの前に颯真ふうまくんが立っていた。

太陽の光を浴びてキラキラとかがやき、ふわふわと揺れる颯真ふうまくんのくるくる頭があまりにもきれいで、返事をするのも忘れて、つい見入ってしまった。まだ少し寝ぼけていたのかもしれないけれど。


そんなわたしを見て

「プールつかれた?」

颯真ふうまくんは少し照れくさそうに、まだ乾き切っていない髪をかきながら訊ねる。飛び散るしずくが、どことなくトイプードルを思い起こさせた。


「うん」
「じゃあこれあげる」

ころんと手渡されたのは、小石のようにゴツゴツとした白い塊だった。颯真ふうまくんには似合わない、ぶこつな形をしていた。

「なあに? これ」
「氷砂糖。甘くておいしいよ」

そう言われて早速、口に頬り込む。

「ほんとだ、おいひい!」

泳ぎ回ってだるくなっていた身体にじんわりと沁みわたる甘さ。顔を綻ばすと、颯真ふうまくんもうれしそうに笑った。


 そんなやりとりがあった夏休み明け。

颯真ふうまくんの髪はなぜかくるくる頭じゃなくなっていた。

周りの子は、颯真ふうまくんの髪の変化に気づいているのかいないのか、特に大きな騒ぎは起こらなかったけれど、わたしはなんだか勝手に裏切られたような気持ちになった。

 それ以来、少しずつ颯真ふうまくんのことを目で追う機会も減り、気がついたらクラス替えで別々のクラスになり、わたしは颯真ふうまくんとの思い出を心のどこかにしまい込んだ。


 大人になって、果実酒を造る時に氷砂糖を使うことを知った。

ガラス瓶に季節の果実と氷砂糖をギュウギュウに詰め込んでいると、小学生のときの彼のことを思い出す。

ふわふわしたくるくる頭の、あの男の子ことを。

今はどんな大人になっているんだろう?

またいつか、どこかで、あのくるくる頭を見てみたいな、と思いながら季節が移り変わる度に、わたしは果実酒を漬け込む。



 前回のお話のアナザーストーリーではあるけれど、どちらから読んでも楽しめるようにちょこちょことリンクさせながら書いたつもりです。A面・B面といった感じでしょうか?

そうなると『思い出ストレート』というお題から少しズレちゃってる感もあるけれど……
恋愛小説とまではいかないけれど、初恋の甘酸っぱさを感じていただけたらうれしいです。(実際にプールの後に、氷砂糖をもらった思い出がもとになっています。)


 さて次はどんなお題に挑戦しよっかな~?
今からワクワクすっぞ! もし、果たし状を渡したい方がいれば、がんばって応えたいと思います!

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