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詩小説 『愛を知る犬』 #シロクマ文芸部


 愛は犬が知っているんだと
 つくづく思う。


 今だってほら。

 息が上がってソファーに横たわる
 飼い主の変化を察知して 同じように
 ヘッヘッと舌を出して息をする。


 もう 真似しないでよ
 と思いながらも つい笑みが零れる。

 そんな優しい愛犬 みるくの
 クリーム色の整った毛並みを撫でると

 あぁ 生きてるんだな と
 当たり前のように思う自分がいる。

 当たり前なことなんて
 どこにもないのにね。


 ふっと苦しくなって
 この世界から逃げ出したくなるほどの
 絶望感に襲われることがある。

 私の心の中には
 意識的なのか無意識的なのか
 開けたらいけない箱がたくさんあって
 それが開いたらもうダメだ。

 一瞬にして嫌な記憶が溢れ出す。


 せめて何かに没頭出来る時間があれば
 思い出さずに済むのに……


 仕事が嫌いじゃないからこそ
 働けない今の自分が悔しくて憎くて

 やりたい仕事も やってみたい仕事も
 キャリアアップしたい気持ちもあって
 
 働きながら資格も取得して
 自己研鑽も続けてきたのに
 病気になってからは全滅だ。


 書類選考では通るのに
 面接で就業時間の相談をすると

 「独身で家族もいないんだよね?
 なんでパート?」
 「もう少し時間数増やせない?」
 「この時間帯に入れないのはなぜ?」 

 と投げかけられ
 病気やその特性 通院の事情を話すと
 
 「そうなんだ。大変だねえ」

 いかにもめんどくさそうな表情に変わる。

 さっきまで熱心に履歴書を
 眺めていたのが嘘みたいに。

 週三日短時間でOKと書かれているから
 応募したのに……

 できるなら私だって
 非開示で働きたかった。

 でも見た目にわかる病気だから
 そのせいで迷惑をかける恐れもあり

 隠したくても隠せないから
 正直に話すしかなくなってしまった。


 結婚を機に異業種に転職した友達は
 私が働きながら取った資格を持たずとも
 希望した職種にすんなりと採用された。

 友達に対する嫉妬心が
 全く湧かなかったわけではないけれど

 その子もその子で苦労をしてきたことや
 私とは違う大変さを抱えているのも
 知っているから

 健康に勝るものはないんだな と
 ただぼんやりと受け入れるしかなかった。



 障害枠も 在宅ワークも
 A型事業所も B型事業所も

 最低限度の勤務時間すら
 今の私には厳しく

 在宅も異業種からだと
 応募資格にも満たさず
 
 ハード面が整っていない事業所では
 車椅子での通所すら断られるのが現実だ。 


 唯一 拾ってくれた職場は
 内職のような仕事で収入が不安定。

 一つ辺りの単価より
 高い商品を見て落ち込むこともある。

 土日を返上して働いても稼げるのは
 月1万あればいい方だ。


 障害年金をもらって生きている
 何の生産性もない自分なんて
 この世のお荷物にしか思えず
 
 衝動的な行動に走ったことも
 一度や二度ではない。

 今はそれすらも無理だけど……


 両親がいた時は その存在が
 少なからずストッパーになっていた。

 親孝行が出来ないのであれば
 親不幸だけは避けたいと思っていたから。
 

 親からもらった身体を……
 なんて大仰な理由じゃなくて

 どんなに苦しくても私は
 人にも物にも当たることができなかった。


 我を忘れて
 クッションを投げたり
 枕や布団を叩たりしても

 「投げてごめんね……
  叩いてごめんね……」

 と 気がついたら
 泣きながら謝るような私は

 自分なりに出来る限り
 傷跡の残らない方法を
 試してみたこともあった。 


 リスカの代わりに
 ペンで腕を真っ赤に染めたことも

 輪ゴムを手首にはめて
 パチパチと延々と慣らし続けたことも

 整腸剤と処方薬で
 ちゃんぽんしたことも。


 そういう一時凌ぎは
 やればやるほど虚しくなるだけだった。


 死ぬ勇気すらない
 情けない自分に余計に腹が立ち
 罵詈雑言を浴びせながら殴り続けた。

 それも頭や太ももなど傷が残らず
 人目には見つかりにくい場所を。


 「ワン! ウーワン! ワンワン!」

 
 みるくの鳴き声にハッと我に返る。

 私は血管が切れそうなほど歯を食い縛り
 両腕に爪を立てていたようだ。

 蚊に刺されたわけでもないのに
 私の腕は✕だらけだ。

 まるで私の生き様みたいで
 自嘲するしかない。

 「ごめんね……みるく
  心配かけたよね」

 そう言うと

 「クゥーン」

 みるくは小さく応え
 涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった
 私の顔を舐めすくう。

 「舐めない方がいいよ 汚いよ」

 自分のことを蔑む度に
 みるくの目には
 ほんのりと怒りの色が滲む。



 『もうそれ以上 自分を責めないで!

  くるみはくるみにできることを
  必死でやってがんばって
  ちゃんと生きてきたんだから

  お願いだからもう
  自分を傷つけないでよ……

  大切な人が自分の存在を否定するほど
  悲しいことなんてないよ……』

 昔 そう言って涙を流しながら
 私を抱き締めてくれた人がいた。


 私以上に私を心配しながら。



 「みるく おいで」

 赤くなってきた腕を広げると
 みるくはそこに飛び込む。


 「ごめん 本当にごめんね……
  いつも心配ばかりかけて……」
  
 ギュッと抱き締めると
 クリーム色の柔らかな毛から
 伝わるぬくもり。
 

 垂れ下がった耳。
 上がった口角から覗く舌。
 思いやりを感じさせる瞳。
 ちょっとだけ長い眉毛に
 あまり目立たない髭。
 

 湿り気のない鼻。
 一定のリズムを刻む心音。
 生き物独特の匂いがない体……


 「いつも見守っててくれてありがとう
  おねえちゃん」


 結婚するときに 私を一人残すのを
 誰よりも心配していたおねえちゃん。

 その代わりに連れてきたのが
 みるくだった。



 「でも エサ代も賄えないし
  今の私じゃ散歩にも行けないよ」
 「心配しなくても大丈夫だって!
  くるみはくるみのことだけを
  心配すればいいのよ」


 「ねえ みるく。おねえちゃんに
  心配かけないように
  私もっと強くならなきゃ……

  おねえちゃんばっかりに
  心配させてちゃ悪いもん。
  だから私 もう少しがんばる」

 「ワワワン! ワワワン!
  ワワワンワン!」

 「ふふ なにそれ。三三七拍子?」

 みるくに秘められた
 おねえちゃんからの愛を
 無下にしないように
 
 みるくの瞳に映るよう
 私はぎこちない笑みを浮かべた。


 重たく感じさせてしまっていたら、ごめんなさい🙇💦

 AI、EYEなどいろいろな愛がありますよね。みるくは、昔近所から譲り受けた犬の名前で双子の弟?がくるみでした。双子なのに直毛とくるくるヘアだったのが子どもながらに不思議に感じていたな~と思い出して……

同じように生まれ育ったからと言って、誰もがまっすぐに生きられるわけじゃない……というより、誰かと比べて落ち込んだり、何でもかんでも一人で抱えたりしなくても

「あなたのがんばりをちゃんと見ている人や
 応援してくれている人もいるんだよ!」

ってことを伝えたくて、こうなりました。
ヘッヘッヘッ🦮💕

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