論文が出版されました2
先日、所員(研究所としているので)の書いた論文が出版されました。”Description of a new species, Pseudodiscocotyla mikiae n. sp. (Monogenea: Discocotylidae) parasitic on gills of Pristipomoides filamentosus from off Okinawa‐jima island in Japan, with redescription of Pseudodiscocotyla opakapaka “というタイトルです。邦題は、”沖縄産オオヒメのエラに寄生する新種 Pseudodiscocotyla mikiae n. sp の記載およびPseudodiscocotyla opakapakaの再記載”といったところでしょうか。内容は、「沖縄県でとれたオオヒメという魚にPseudodiscocotyla mikiaeという新種とPseudodiscocotyla opakapaka がいた」というものになります。
魚の話
寄生虫の研究においては、寄生虫と同じくらい宿主も重要です。今回の研究で検査対象としたオオヒメは、日本であれば太平洋(特に南方)の100m以深に生息する海産魚です。食用としても有名で、沖縄県ではよく食べられており、アメリカ合衆国(特にハワイ)では、重要性の高さからオオヒメの生態や寄生虫の研究が盛んに行われています。今回の研究では、を読谷村(本島西側)と泡瀬漁港(本島東側)の2地点で購入したオオヒメを使用しています。
寄生虫の話
今回発見した寄生虫は、扁形動物門に属するPseudodiscocotyla属単生類で、1965年にハワイのオオヒメから発見されました。この時見つかったのがPseudodiscocotyla opakapakaで、この属の単生類は長らくこの種のみとされていました。2年ほど前に、論文の共著者から沖縄産オオヒメから採集した単生類の標本をいただき、形態をくまなく調べてみるとP. opakapkaと形態的な違いがあるのに気づきました。
単生類は体の中にオスとメスの生殖器がある雌雄同体になっています。また、生殖器官以外の器官は、宿主にしがみつくための把握器と腸管くらいしかありません。そのため、生殖器官と把握器を重点的に観察するのですが、沖縄産オオヒメの単生類の膣孔と陰茎の形はP. opakapkaの記載と異なっていました。生殖器の形が異なると、相手の体内に精子を送り込めなくなり、生殖器の形が合うもの同士でないと子孫を残せなくなります。すると、しだいに生物種が変わってくるのですが、このように生殖器の形が異なることで生物種が分かれることを”生殖隔離”といいます。
この発見を論文にするために、いただいたすべての標本を事細かにチェックしたところ、読谷村(本島西側)でとれた単生類の特徴がP. opakapkaの特徴と酷似していることに気づきました。なぜ、”同じ”とせずに”酷似”としたのかというと、陰茎の棘の広がり方が論文の記載と異なっていたためです。さらに1種新種を見つけたと考えても良いのですが、私たちヒトも背の高さや筋肉の量など個人によって異なります。陰茎の棘の広がりというのも個人差の可能性があります。
標本の話
読谷村の単生類の陰茎の広がりは種の違いなのか、個体差なのかを調べるために、博物館に収蔵されているP. opakapkaの標本を観察することにしました。P. opakapkaは1965年に山口左仲博士がハワイで発見したため、ホロタイプ(ある生物が新種であることを示した論文内で使われた、その動物の特徴(形質)を保証する標本)はアメリカのスミソニアン博物館にありますが、新種を見つけた時に同時に見つかったホロタイプ以外の標本(パラタイプといいます)の一部は目黒寄生虫館にあります。そのため、目黒寄生虫館に行ってパラタイプを確認したところ、P. opakapkaの陰茎の広がり方は私たちの持っている標本のものと同じでした。また、泡瀬漁港の単生類の生殖器とは明らかに異なっていたため、新種であることを確信しました。
目黒寄生虫館から帰ってきてからは論文の執筆を行いつつ、同時に日本動物分類学会での発表も行いました。論文作成と同時に学会でも発表したのは、日本中の分類学者に自分たちの発見を聞いてもらい、理論や根拠に不足がないかを確かめるためでした。その結果、「P. opakapkaのホロタイプを見るべきである」と指摘されました。やはり、生殖器の違いは生殖器と腸管と把握器しかない単生類には大きすぎるためです。そこで、京都大学の先生の協力を得て、スミソニアン博物館のホロタイプを取り寄せていただき、観察することになりました。これまでも古いホロタイプを観察したことがあるのですが、「勢い余って、割ってしまったらどうしよう」と緊張します。
結論の話
陰茎の棘の広がりですが、ホロタイプでも同様の特徴を観察できました。これは、論文の表現と見え方が異なったということです。結局、沖縄本島の東西で異なる種のPseudodiscocotyla属単生類がいることがわかりました。しかし、どうして2種類いるのかは分かりません。オオヒメの住み分けが起こっている?今回発見した新種が沖縄の固有種で最近新たに誕生した?いろんな仮説が立てられますが、根拠を集める必要があります。当初、読谷村と泡瀬漁港の単生類は同種と考えていたため、新種のDNAしか調べていませんでした。両方の地点のDNAがわかっていれば、どちらが先に誕生したかなどがわかったかもしれません。今後は、地域別にDNAを調べておこうと思います。
名前の話
最後に、新種の名前のmikiaeについて簡単に紹介します。この名前は、筆者が現在の高校(中学併設)に勤務を始めたときに、一緒に寄生虫の研究を手伝ってくれた3名の生徒のうちの1名への献名です。彼女は大学在籍中に急逝してしまいました。ここ数年、続けてきた分類学の研究の成果が表れ、論文を出版できるようになりました。分類学という性質上、生物種に名前を付ける機会があるため、いつの日か彼女の名前をつけることを考えておりました。
彼女の母校(私の母校でもあります)の創設者の言葉に「生きた証を残せ」というものがあると聞いています。この度、新種の学名にmiki(美季)という名前を使ったのは、若くして亡くなった彼女の代わりに、という思いがないわけではありません。ただ、献名したのには、もっと単純な理由があります。
彼女は、私が白陵に勤め始めた翌年に中学に入学してきました。その時、私は他2名の生徒と寄生虫の研究を始めたばかりで、魚を姫路の川で釣ってくるところから始めました。やがて、時が過ぎ春名含め3名は大学に進学していきましたが、先の2名は寄生虫の研究がしたいと東大と北大に進学していきました。一方、彼女は医学部に進学しましたが、1年生の終わりに会いに来た時には「寄生虫学研究室に行ってみるかな?」と言っていました。
私は、寄生虫の研究をしてほしいとは思っていませんでしたが、専門的な技術や知識を身につけた彼(女)らとまた研究ができればと思っていました。ちなみに、東大と北大に行った学生は今も寄生虫の研究をしているようです。いつか希望が叶うかもしれません。
残念ながら、彼女とはもう研究はできません。ただ、いつの日かP. mikiaeの標本や塩基配列などのデータを使うことがあるでしょう。その時は、彼女や他2名の生徒らと何もないのに研究を行っていたことを思い出すことができると考えています。