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少女デブゴンへの路〈2.5席目〉

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 第二章 新世界

  2・5席目 新世界への路

 ご拝聴ありがとうございます。好男子な講談師『高団子』でございます。――パン。

 前回までのお話はといいますと、地頭の娘で食っちゃ寝食っちゃ寝、上げ膳据え膳、金満お嬢育ちのキン子が、突如、住んでいた領地から一家で夜逃げならぬ昼逃げする羽目になった。逃げる途中で山賊に襲われ、全財産喪失した親から、路銀の質草にキン子がぼったくり茶屋においてけぼりとなったところまでが一席目。
 ぼったり茶屋から夜盗の餌撒き作戦の罠にはまってさらわれて、人買いに買取られ、市場で売りに出されたが売残り、同じく売残りの身無し子勤労少年のパン太と出会った。そのパン太と共に売残り小屋から逃げ出したが、二人を焼き豚と出汁にしようとする怪食堂の婆と息子たちに追われ、タマサカ先生という前期高齢者な人の乗る変な箱に逃げ込んだ。
 そして、そのタマサカ先生という御仁の「見られちゃ仕方がない」「逃げようか」という不穏な言葉と共に、二人が謎の箱に閉じ込められてしまった。  
 というところでまでが、二席目でございました。 パン。

 ここまで随分と目まぐるしい展開でございましたが、ここからは、展開どころか世界ががらりと変わります。
 世界が変わってしまうということで、ご視聴いただいている方の中には、耳慣れない言葉の連発で戸惑う人もおりましょう。そんな方のために、この一席では、用語と背景の説明に多くを費やしております。
 理屈ばかりでうざったいかもしれません。また、すでにご存じの方は退屈でしょう。が、これは、皆さんに分け隔てなく、この先の物語を楽しんでいただくためのものでございます。どうぞご了承くださいませ。 パン。
   さて、奇妙な箱に囚われたキン子とパン太の続き、さっそく読んでまいりましょう。   パン! パン!

 前回の最後、キン子とパン太が追い詰められて思わず飛び込んだ奇妙な箱とは何か。それは自動車である。
 この動画を見ることが出来るという時点で、自動車を知らない方はいないと思いますので、この説明はいたしません。
 この自動車、見た目は普通乗用車であるが、普通の自動車ではない。PTA車という特殊な車両である。マシンという言い方をしても良いかもしれない。
 キン子とパン太が飛び込んだのは、PMWという型番のPTA車であった。
 PMWにPTA、わかる人にはわかるが、わからない人にはさっぱりわからない。詳しく説明したいところですが、そうするとえらく長くなりますので、さっぱりお話が進まない。とりあえず今のところは、特殊な用途の乗り物とだけ申し上げておきましょう。
 さあ、タマサカ先生がU字ヘアーのおじさん――通称ゴッちゃんの隣、助手席に乗り込むと同時に、ゴッちゃんが二人の子供を摘まんでポイポイと後部座席に置く。

「とりあえず、一番近くの空きがある『発着場』に飛んじゃおう」
「了解っス」
 タマサカ先生言うところの手近な『発着場』にポンと飛んで出たPTA車型番PMW。着いた途端、タマサカ先生から「ぷー」とかわいらしい音が出た。
「「「うっ」」」
 同乗する三人が同時に呻いた。かわいい音に反比例したにおいがみるみる車内に充満する。臭いなんてもんじゃない。激臭い。鬼臭い。もはや毒臭。悶絶する。死ぬっ。 パン!
 なけなしの正気でゴッちゃんは車窓を全開にすると、目にもとまらぬスピードでドアを開け、外に転がり出た。
 ワン、ツーテンポ遅れてタマサカ先生が助手席のドアを開けて外に転がった。臭源の本人も逃げ出すほどの衝撃ならぬ臭撃であった。
 車のドアの開け方を知らない後部座席の子供たちは、開いた窓から這い出た……のは小柄なパン太だけであった。
 キン子は、福々とした体がつかえて出られない。胸から上だけ窓から出した状態で、がっつりはまって身動きが取れなくなってしまった。進むことも退くこともできない。
「助けてぇ」
 ゴッちゃんがキン子がつっかえているドア窓とは反対側の後部座席のドアを開け、息を止めて突入した。キン子の足を引っ張ったが、きっちりみっちり窓枠にはまっていて抜けない。
 ゴッちゃんは、一端、車外にひいて、大きく息を吸うと再突入。キン子の体全体をがっちりホールドして思いっきり引っ張った。
 スポンと勢いよくキン子が窓枠から外れた。
 勢い余って、ゴッちゃんが仰け反った。キン子を掴んでいたゴッちゃんの手が離れ、開いたドアからキン子がひゅんと飛び出す。
 そのまま硬いコンクリートの地面にたたきつけられるかと思いきや、キン子が落ちた地面は、意外なほど柔らかかった。
 臭害にやられて若干意識朦朧としていたが、地面にしてはあまりにぷよんとした感触に、キン子は「?」を頭の中に浮かべつつ、よろよろと立ち上がった。そこへパン太が「キン子ちゃん!」と半泣きで飛びついてきた。
 ふらついていたキン子は、パン太が飛びついてきた勢いで足がもつれた。たたらを踏み、ふにゃっとしたものを踏んずけて、滑りそうになった。転ぶまいと、ばたつかせるように踏ん張った足が、そのふにゃとした何かを車体の下に蹴飛ばしたような気がした。「わわわ」キン子とパン太は二人揃って尻餅をついた。二人はPTA車の車体にすがって、よろよろと立ち上がる。
「ごめん」
 パン太が謝った。
「ううん。大丈夫。それよりさっき、何か……」
 蹴っ飛ばしたような気がするとキン子が言おうとしたとき、
「もう! タマサカ先生、いくら好物だからって、サツマイモの食べ過ぎなんスよ!」
 臭毒に満ちた車内から這い出たゴッちゃんの怒声が響いた。キン子を窓枠から引き抜いた瞬間の勢いに、思わず息を吸ってしまったゴッちゃんは、危うく劇悪臭に殺られるとことだったのだ。ゴッちゃん、無事生還できて良かったね。
「しかも、この臭さ。腸内環境が悪すぎ! 病気になるッスよ!」
「あ。たぶんそれ、夕べの製造局の接待で、スタミナ大将のにんにくニラ餃子とニンニクマシマシの行者にんにく特盛りラーメン食べたからかも」
 接待でラーメンって何ですかね。実は、タマサカ先生は下戸なんです。お酒のにおいで酔っ払うぐらい。だから、ご接待はノンアル。そんでもって、タマサカ先生のお好みがスイーツかB級グルメ。タマサカ先生、安上がりな人です。お金が掛からないから、接待側の経理担当は経費削減で「にこにこ」。接待の名を借りて自分がどんちゃんやりたい接待担当だと「がっかり」ってなわけです。

「ニンニクとニラと行者にんにく……強烈だ」
 ゴッちゃんが顔をしかめた。
「ニンニクマシマシって何?」
 パン太がキン子に尋ねるが、キン子もわからない。タマサカ先生が教えてあげる。
「それはね、追加でニンニクをたーくさん、ラーメンが見えなくなるぐらい上にのっけることだヨ」
 うぇぇ、と子供たちは顔をしかめる。そりゃ臭いわ。
 子供たちとゴッちゃんに「ごめん、ごめん」と平謝りのタマサカ先生、
「お詫びにジュース買ってあげよう」
 敷地の脇にある自動販売機を指さした。
「何だあれ?」
 今度はキン子がパン太に尋ねるが、パン太だって知らない。自販機を見たことがない。タマサカ先生は、はっと気付いて
「ああ、そうか。君たちのいたところにはないのか。自販機。お金を入れると飲み物が出てくる機械だヨ」
 説明してくれたが、やっぱりキン子とパン太はピンとこない。
 実際にやってみればわかるかもと、子供たちはタマサカ先生とゴッちゃんに教えられ、自販機初体験。水平にしたコインがちょうどぴったり入る穴にチャリンとコインを入れ、キン子はオレンジの味がすると教えられた筒の下にあるピカピカ光るところを押した。パン太はリンゴ味だ。
 缶の開け方も教えてもらって、キン子とパン太は、自販機&缶ジュースデビューを無事に果たす。
「おいしい!」
 知らない人から食べ物や飲み物をもらっちゃいけませんという戒めは、もはやキン子とパン太の頭にはない。だってもうすっかり「臭い」仲だもん。あの臭いに一緒に包まれたなら、誰だって吊り橋効果で仲間意識が芽生える。それだけ強烈。危険物マーク。生命の危機レベル。 パン!
 
 四人は、縁石に腰掛けて、発着場――駐車場の塀の向こうに見える満開の桜の枝が風にそよいでいるのを眺めながら、ジュースをちびりちびりと啜る。
 パン太がキン子の髪に張り付いた風で飛んできた桜の花びらを小さな手で払いながら
「桜が満開だってことは、ここってボクたちがいたところより、ちょっと北なのかなぁ」
 キン子もパン太の眼鏡の端に付いた花びらを摘まみながら
「うん。咲き終わったところだったもんね」
 子供たちの会話に、タマサカ先生が
「君たちのいたP世界とココは、ほんのちょっとシーズンがズレているのかもネ」
 と言ってから、少し考え込む。
「あるいは緯度が違うのかもしれない、それとも気候変動の周期が違って」
 するとそこにゴッちゃんが、いやいや時間軸が云々かんぬん……と言い出した。子供たちは、二人が何を言っているのかさっぱり理解できない。
「ところで、君たち、何であんなおっかない人たちに追いかけられていたの」
 タマサカ先生が子供たちに尋ねた。
「あの人たちのことは知らないけど……」
 キン子とパン太は自分たちが逃げていた理由と、そこに至るまでのそれぞれの境遇をかいつまんで話した。それを聞いたタマサカ先生
「ふむ。そりゃ酷い。じゃあ、しばらくはあそこに戻らん方がいいな。とりあえず、ワタシんちに行こう」 パン。

 四人が車のところに戻ると、警官が一人立っていた。
「やっぱりタマサカ先生でしたか。ドア開けっぱなしで離れちゃダメですよ。盗られちゃいますよ」
 三年ほど前からPTAの盗難事件が多発しているのだ。
「やあ、臼木さん。スマン、車内でぷーしちゃって……」
「ああ、それでこの臭い。ちょっと待っててくださいね」
 臼木警官は、車内の消臭剤『シャナリーズ』を持ってくると、シュッシュと車内にスプレーして、もうひと換気。
 その間にゴッちゃんが近くのコンビニでシュークリームを買ってきた。シャナリーズしてくれた臼木警官にも、お礼のお裾分け。
 臼木警官は、やったーと喜びながら、
「それからこれ、この間、焼き肉屋に行ったときにもらってきたんだけど」
 口臭予防のガムをタマサカ先生に差し出した。ちょっとは臭元の消臭になるかも。子供たちには
「もらいもんばっかで悪いけど」と頭を掻きながら「保険の人からもらった」というあめ玉をくれた。
「お姉さん、ありがとう」
 パン太がお礼を言うと、キン子も続けて「ありがとう」と言った。ちゃんとお礼が言えてえらいねと、満面の笑みで褒めてくれる臼木警官。タマサカ先生は、その様子をニコニコと眺めながら、
(臼木さん、「お姉さん」っていう言葉に喜んだんだよね。確かアラフォーだよね。いやアラフィフ?)
 心の中で失敬なことを考えていた。アンタ、どこぞのジェンダー団体に暗殺されるよ。えっ? 《そういうセリフを面白おかしく言う輩こそ暗殺される》ですって? これは失礼しました。ごめんなさい。まだ死にたくありません。 パン……。

 この子供たち、シュークリームなんてのも初めて見た。ゴツゴツした焼き色がついた饅頭のような見た目なのに軽い。食べるとふわっと柔らかくて、中からトロリとした淡い黄色の餡が出てきた。優しい甘さでおいしい。すごくおいしい。こんな食感生まれて初めて……。
「クリームがこぼれないように気を付けて」
 シュークリームの皮からぶしゅっと吹き出たクリームがキン子の鼻の頭にくっついた。パン太の小さいお口からはみ出たクリームが口の周りに輪を描く。ゴッちゃんがそれを薄くてふんわり柔らかい紙で拭いてくれた。
 シュークリームを食べ終わると、
「それじゃ、我が家までドライブだヨ」
 レッツゴー! とタマサカ先生が元気よく拳を突き上げたので、子供たちも真似する。
れっつごー!」 パン!

 こうして、キン子とパン太は、タマサカ家に居候することになったのでした。
  パパン!

 さて、タマサカ一行を見送った臼木警官は、彼らのPTAの車体がぴゅいと姿を消したあとのスペースを見て驚愕した。
「へ? 何で」
 そこに「まさか」で「あり得ない」なものがあったのだ。立ち去った車体の下に最初からあったのか。あったことに気付かずに車を駐めたのか。あるいは駐まった車の下にそれが潜り込んだのか。
 一体それは何だったのか。それにつきましては後のお話、四席目でほのめかしがあり、六席目でようやく謎が解けるという段取りになっておりますので、お楽しみに。
  パン‼

 さて。P世界だのPTAだの、わからない方々のために、説明しておきましょう。この先、PWPだの、PW連邦だの、PM2・5だのと、もっと新語が出てきて、更に混乱してしまうと思いますからね。 パン。
 
 皆さん、パラレルワールドという言葉を聞いたことがあると思います。パラレルワールド――並列世界、並行宇宙なんても呼ばれています。
P世界』というのは、このパラレルワールドの略称です。
 P世界とは、別の時空に、この今在(あ)る現実とは別の現実、あるいは時間のどこかで枝分かれしてしまった別の現実と説明されることが多いですけれど、さて本当のところはどうでしょうか。
 少女デブゴンの世界は、このP世界を跨いだスケールの大きいお話です。
 P世界なんて当たり前じゃねぇか、スケールが大きいなんてほどの話じゃないという方は、『PW連邦』ことパラレルワールド連邦の加盟P世界に住んでいらっしゃる方でしょう。PW連邦なんてなんじゃらほいという方は、未加盟P世界にお住みの方でございましょう。
 各々のP世界は、非常に似通っているものもあれば、全く似ていないものもあります。文明科学の発達度が著しく異なっていたり、科学の進度が同レベルでも、美的感性や文化習慣、価値観が非常に異なっているものもあります。あるP世界では絶世の美人なのに、別のP世界では、むにゃむにゃむにゃ……なんてこともあります。もう百花繚乱、色取り取り、人生いろいろなら、P世界もいろいろ。
 キン子とパン太が住んでいたP世界と、彼らがタマサカ先生に連れて行かれたP世界は、文明科学の進度が随分と違います。政治、社会の仕組みも成熟度も違う。キン子たちのP世界の政治・社会は、タマサカ先生の住むP世界の中世東洋の治世と、すっかり同じではないが、どことなく似てはいる。
 おそらくこの動画を視聴できている皆さんは、少なくともタマサカ先生在住P世界と科学技術面では似たり寄ったりのP世界でしょう。そうじゃないと視れませんならね。
 キン子たちのP世界では、この動画は視られません。けれど、玉坂先生宅のある国とキン子の国の言語がほぼ一緒。道徳観念なんかも、キン子たちのP世界は古くさいといえども、根本的には一緒。時代がズレているといえば、二つのP世界の違いについて理解が早いかと思います。
 さて。このP世界間の移動には、専用の乗り物が必要です。パラレルワールド・トランス・オートモビル(Parallel world Trans Automobile)略して『PTA』であります。
 が。そんなP世界間異動手段がありながら、P世界間の自由往来は、PW連邦加盟P世界間であっても原則禁止されています。
 先ほど申しましたように、各P世界は、似たもの同士なP世界もあれば、相互理解が難しいほど異なっているものもあります。もっとも、PW連邦加盟P世界間なら連邦を形成できるぐらいですから、コミュニケーションが取れないほど相違がある所はありません。
 しかしながら、あるP世界住人に当たり前のようにある感染症の免疫が別のP世界の住人にあるとは限りません。同P世界内でも、国境地域間移動により、ある地域からその地域にない感染症が持ち込まれて大変なことになることがありますから、それは異P世界間でも同じでございます。
 犯罪者が海外へ高飛びしたなんてニュースをたまに耳にしますが、犯罪者の逃亡先として、異なるP世界は、それこそ、うってつけでございます。
 P世界からP世界へ、ひょいひょいと次から次へと移っていけば、足跡がわからなくなる。
 自分の人生が思うままではないから、別のP世界に行けばいいやという安直な考えの輩もおりましょう。それで上手くいかなければ、また移動。そういう者たちは、家出少年少女のごとく、反社の餌食になりやすい。治安が乱れる。
 ですから、P世界間の治安と管理を担う『PWP』ことパラレルワールド・ポリスがあるのです。
 現存のPTAは、原則として全車両PWPの管理下にあります。
 PWPの業務用PTA車はもちろんのこと、PW連邦外事公務員など政府職員が使用するPTA車も、PW連邦加盟各P世界のPW外交官が利用するPTA車も、原則としてPWP警官が警備も兼ねて運転します。PTAの製造も、原則としてPW連邦PTA製造局の直轄官製工場でのみ行われております。
 タマサカ先生をニンニクとニラまみれの店でご接待した製造局というのは、このPTA製造局であります。
 ところが、これらの原則外にいますのが、PW連邦特別顧問のタマサカ先生です。
 タマサカ先生は元々、PW連邦未加盟P世界の人です。
 科学者であり、発明家であるタマサカ先生は、ある日、タイムマシーンを開発しようとして、たまたままさかでPTAを作っちゃった。助手のゴッちゃんの運転で、いざ別時代へ出発……したつもりが、辿り着いたのが別のP世界だった。そこがたまたまPW連邦加盟P世界で、更にたまたまPWP署前だったという。
 未加盟P世界から、突如、民間の自作PTAが出現してきたから、ご想像どおり、もう大騒ぎ。この騒ぎのあれやこれや、顛末もお話ししたいところではございますが、物語一つ分となってしまいますゆえ、割愛されていただきます。悪しからず。 パン。

 更に驚くことに、このタマサカ先生の開発したPTAが、当時、PW連邦が使用していたPTAより格段に優れものであった。それで、タマサカ先生開発PTAがPWPの公用車として正式採用されちゃったのであります。
 結果。現在、PWPにあるPTAは、すべてタマサカ・モデルであります。
 どこがどういう風に優れていたかというと、これまた長くて面倒くさくて、何よりも技術者でもない私が理解できていないので、端折りますが、タマサカ・モデルは、見た目もP世界移動後の機能用途も自動車そのものであったのが大きな理由の一つでした。
 それまでPWPが使用していた車種――というかマシンは、P世界間の移動のみしかできないタイプで、タイヤなど車輪の類いはなく、ただの箱物。訪れた先のP世界での移動は、自動車など別の乗り物に乗り換えなければならなかったから手間であった。犯罪者の追跡など緊急を要する場合には、そのタイムロスで逃げられてしまうこともしばしば。タマサカ・モデルは、P世界移動後に乗り換えの必要がなく、非常に効率的だったのであります。 パン。
 
 さて、タマサカ・モデルの各型式の説明をちょいといたしましょう。一番最初に開発されたのがPW連邦に初出現したプロトタイプのモデル1号、略称『PM1』である。これはガソリンで動く。二番目が『PM2』で電気で動く。三番目がハイブリット車の『PM3』です。
 そして四番目のモデルが『PMW』である。水素エネルギーで動く。最先端でございますね。そして、なんと陸空両用である。PMWのWというのは、陸と空のダブルで使えるという意味であります。自動車として四輪タイヤで陸上を走り、空飛ぶ自動車として空も走行する。いや、飛行する。
 通常の空飛ぶ自動車は、現在、PW連邦内において二つの種類がございます。
 一つは、モードチェンジタイプ。陸上では飛行自動車専用レーンを走るタイプで、P世界によって、ヘリ自動車、カーコプターなどど異なる呼称がありますが、タイプは同じである。
 飛行の際は、車体の下にある車輪が車体の四方に地面と垂直にモードチェンジして、車輪のホイール部分がプロペラとなって空を飛ぶ。ゆえに、車輪は素材が陸上専用のものとは違って、ゴムではなくスチールである。よって地上では既存の道路は走行できない。地上は専用レーンの上に車輪を着輪させて走る。自動車というより、リニアモーターカーやモノレールなどに近い走法である。
 もう一つがスクランダーという翼を装着するタイプである。飛行する際には、飛行自動車発着場ポートでこのスクランダーを取り付けて飛ぶのである。地上を走行するときは、発着場でこれを取り外して車道に出る。スクランダーは個人所有のものもあるが大半がレンタルである。
 あっ。もう、誰ですか。《ジェットスクランダー、クロス!》って叫びコメント出してる人は。《大空羽ばたく紅の翼~♬》って歌ってるオジサンもいますね。全く違いますからね。それらとは。意味わかんないって若い人や別P世界の人は、こんな呟き無視しちゃっていいですよ。このお話と全然関係ないんだから。まったくもう。 パン!

 PMWは、後者のスクランダー装着タイプだが、実はジェットエンジンを密かに搭載している。翼いらず、専用レーンいらずで、スピードも他の二タイプに比べて桁違いに速い。しかし、燃費が悪くエネルギーをえらく食う。大食らいである。キン子真っ青。そのせいか飛行距離が短く、かつ、Gがすごい。であるからして、ジェットエンジンは緊急時にしか使用できない。
 現在、PWPは、所有するPTAタマサカ・モデルの四タイプを出先のP世界のエネルギー事情や乗物事情により使い分けている。
 飛行自動車に関しては、もちろん、飛行自動車が普及しているP世界のみでしか使用できない。しかも、例えばカーコプタータイプしかないP世界においては、別タイプの飛行自動車は使用できないからPMWは原則使用できない。カーコプタータイプのPTAがあるにはあるが、地上では専用レーンしか走れないから、あまり使われていない。P世界間だけPTAで移動して、状況の応じて通常のカーコプターか自動車に乗換えることが多い。
 余談ですが、PWPにおいては、PTA車の型番名の「PM」はプロトタイプ・モデルではなく、ポリスタイプ・モデルという意味になっている。だから何って話ですけどね。 パン。
 
 かくして優れたPTAを開発したタマサカ先生は、その功績からPW連邦特別顧問となりました。そして諸事情により、当時タマサカ先生が住んでいたPW連邦未加盟P世界から、そことよく似たPW連邦下の現在住んでいるP世界へ引っ越したのであります。 パン。
 
 実は、PTAタマサカ・モデルには、先述の四タイプの他に、もう一タイプ存在するんです。『PM2・5』と呼ばれています。PM2と3の間にありました。何がPM2と違うかといいますと、色が違う。車体の色です。タマサカ先生の好物のサツマイモ色なんです。
 へっ? たったそれだけ? ええ。たったそれだけです。
 このサツマイモカラー・モデルは、現在、タマサカ先生のところにはございません。なんと――パン!

 行方不明なんです。 パン!パン!

 どうしてPM2・5は行方不明になったか。今、どうしているのか。実は、実は……ババン‼

 上げ膳据え膳、食っちゃ寝、食っちゃ寝、のんべんだらりと一生を送るはずだったキン子の人生レールがいきなりポイント切替えされちゃって、もうレールなんてあったもんじゃない波瀾万丈、予測不能の運命へと「どっぼん!」しちゃったことと、深ーく、深ーく、関わりがあるんでございます。
 どういうことか。それは、この物語が先に進んでいけば、自ずと知れることとなりますゆえ、気になるところではありましょうが――
  パパン!
 
 この先のお楽しみということで、中入となります。

   🍕 🍕 🍕 🍕 🍕

「中入りって何?」
「休憩ってことだヨ」
 キン子の問いにタマサカ先生が答える。
「じゃあ、トイレ行ってくる」
 パン太が椅子からぴょんと降りて振り向き……
「えっ」
 目にした光景に驚く。
 U字ヘアーの巨体がビスケットを囓り、微妙齢の女が缶コーラをちびり、缶に差し込んだストローを咥えた大中小の三体が、双眼鏡を手に小さな画面のタブレットを覗き込んでいた。いつの間にやらタマサカ一家が全員集合している。

キッチンに勢揃いしたタマサカ家一同の前に、タマサカ家自慢の大画面50型モニター『どこでもシアター』が威風堂々とそびえている。双眼鏡片手の後客たちが「画面、小さいんだよ」と文句を垂れて、運び込まれたのだ。
 『どこでもシアター』などと、どっかの漫画からパクってきたような仰々しいネーミングだが、日曜大工でこしらえたキャスター付きの台座の上に、大型の液晶ディスプレイを乗っけて固定しただけのものである。ガーラガラと移動して、家の中の好きなところで大画面の動画を見られる。結構、重宝している。キン子とパン太も、二人一緒に受けるオンライン授業は、これで視聴している。
 目の前に据え置かれた大画面に、これで双眼鏡から解放だ、両手が開いて飲み食いが楽になると、後客組が嬉々として歓声を上げた。
 反して、先客組の前期高齢者一名と児童二名は、テーブルの上にド派手に散らばったお菓子やら芋やらの何やらの残骸を前に、背中に冷や汗がつーと流れる。
 ――叱られる。
 タマサカ先生がタマサカ家の御台所・・・・・・・・・を上目遣いに見る。
「あのう、今日の夕飯は……」
「あ。うん。今日はあるものでチャチャッと済ませちゃって。もうみんな腹膨れてるでしょ」
 文句やら叱咤やら説教やらのシャワーを覚悟していたところ、あっさり。
「続き見たいし」
「よっしゃー!」
 タマサカ家一同、雄叫びをあげる。
「続き見たいし」
「よっしゃー!」
 タマサカ家の山の神のお墨付きに、一同、雄叫びをあげる。
 キン子は、さっそくポテチ大袋の、いつの間にやら三つ目を開ける。タマサカ先生は、サツマイモを追加レンチンする。二リットルのお茶ボトルとクッキー缶がドンとテーブルに置かれ、スルメとナッツの袋がそこに加わり、プシュっと缶コーラを開ける小気味のいい音が響く。カレー味に、チョコレート味、フルーツミックス味……色取り取り、味取り取りのエナジーボトルがドンドンと並ぶ。ゴッちゃんが「ピザ、ピザ」と呟きながら冷凍庫を漁る。パン太は「そうだ! おしっこ、おしっこ」急いでトイレに向った。
 準備万端整ったところで、どこでもシアター起動。早速、三席目が再生された。

 〈続く〉


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