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  なぜ、隠すの?
 本当のことを隠すなんて、と僕は闇夜に向かって、叫びたかった。
 忌まわしい真実を隠したまま、聖なる神楽を舞って良かったのか、今となっては分からない。
 神楽囃子の音は永遠の夜の神話を連れ去って、鳴り響く。
 僕は境内のほうへ行った。
 夜明けまではしばらくかかる。

 観光客も少なくなり、普段なら夢の中の時間帯だった。
 銀鏡神社から神楽殿までは、道端に沿って豆電球が案内し、僕は闇夜に時を委ねる鎮守の森で奥を見つめた。

「やあ、辰一君。すごかったよ」
 物思いに耽っている、僕にその激励をかけてくれる持ち主は長友先生だった。
 僕は疲れ切った背中をしゃんと伸ばしながら、お礼を言った。

「教師生活は長かったが、君くらい一生懸命に物事を遂行する生徒はいなかったよ。神楽はこれからも正念場を迎えるだろうが頑張れよ」
 凍てつくような冬の夜空の下、オリオン座の三連星が白い黒子のように輝いていた。
 出店も人通りが減り、夜は這うように、闇を色濃く支配させていた。

「君ならやれるさ。君なら」
 笛の音がここまで、甲高く聞こえる。
 交代で笛を吹かないと途切れてしまうので、加勢するために神楽殿に行くと、君は見物席で持ってきた毛布にくるまって、寝ていた。
 途中で摺り鉦を打ったり、内神屋で他の祝子のおじさんたちの世話をしたりした。

 僕は神楽を一晩中、見続けた。
 脳裏に焼き付いているのは一人剣の舞だった。
 夢のような時間、星は刻々と聖なる夜の秒針を粛々と委ねていた。

星神楽㊻ 憂愁 |詩歩子 複雑性PTSD・解離性障害・発達障害 トラウマ治療のEMDRを受けています (note.com)


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