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『洞窟の奥はお子さまランチ』

足元のぬかるむ道を抜け、コウモリの群れを振り払って進んだ洞窟の奥で私はそのお子さまランチと出会った。 何てことだ、信じられない。こんな凄いものがこの世に存在してよいのだろうか。 私の口内に涎が溢れる。 しかも、これが食べられないなんて! 「出来には満足していただけましたかな?」 脇にグラマラスな美女を従えた老人が言う。 私は激しく縦に首を振った。何せこの老人は伝説の食品サンプル職人なのだ。 「それはそれは、久しぶりに腕を奮った甲斐がありました」 老人はにこやかだ。だが、私の意

    • 『デジタルバレンタイン』

      火星に根付かなかった植物のひとつにカカオがある。 だから火星にはチョコレートがない。 一方で恋人にチョコレートを贈ると言うバレンタインの風習はそのまま地球から持ち込まれた。 チョコレートのないバレンタインで何を贈るかと言うとチョコレートのデジタルデータである。 火星で開発された味覚再現機。どこの家庭にも一台はあるこれでチョコレートの味を再現するのだ。 そんな火星のバレンタインで、僕には苦い思い出がある。 甘いメッセージと共に初めて女の子から貰ったチョコレートデータ。うきうき

      • 『行列ができるリモコン』

        城の前にはリモコンを持った人たちの長い行列ができていた。 ”姫の電源を入れることができた者を姫の婿とする” こんなお触れが出たからだった。 現在姫は家電の身体と化してしまっている。 原因は東の森の魔女。姫の美貌を妬んだ彼女は命と引き換えに姫に呪いを掛けたのだ。霊の見えるものは口々に魔女の霊が取り憑いていると言った。 さて、肝心のリモコンの方であるが、今まで誰一人として姫を目覚めさせることはできなかった。 そして最後に残ったのが一人の少年。手に持っているのはごく普通のリモコン

        • 『看板のツノ』

          あのツノは看板代わりなのだと薬屋の店主は語る。 東館に掲げられたツノは長いものが三本、やや短いものが二本。丁度”日”の字を横長にしたように組まれている。 店の中もツノだらけだった。鹿のツノはもとより、羊のツノ、牛のツノ、犀のツノ、果ては遥か北の国から取り寄せた一角獣のツノまである。 これらを粉にして秘伝の比率で混ぜ合わせた薬は万病に効くと言う噂だ。 しかし、私の興味は薬にはなかった。看板のツノ。あの長さ、太さ、巨大さ。一体地上にあのようなツノを持つ生き物がいるだろうかと思わせ

        『洞窟の奥はお子さまランチ』

          『アメリカ製保健室』

          ここは……保健室、だよな。 扉を開けた瞬間、和道はそう思った。 襖に屏風、床の間には掛け軸。まるで武家屋敷か茶室のようだ。 すると、 「ハァイ、いらっしゃいませ」 床の間の壁がどんでん返しに回転し、現れたのは白衣を着た金髪のクノイチだった。 パニックになって鯉のように口をパクパクとするだけの和道を横目にクノイチは勝手に喋り始める。 「ワタシ、養護教諭のマリーと言います。日本大好きです。この保健室もアメリカで日本用にカスタマイズしたものでーす」 和道の治療の間もマリーは雑談を

          『アメリカ製保健室』

          『ドローン課長』

          この世の果てのちょっと先、僻地も僻地のまた僻地。 大きな大きな会社の小さな小さな支社がありました。 そこのとある課にいるのが通称ドローン課長です。 指示はふわふわ一貫せず、常に上から目線です。 セクハラパワハラ何のその。 でもこれは今に始まったことではありません。 本社でもそうだったのです。これが原因で課長は飛ばされてきたのでした。ドローンだけに。

          『ドローン課長』

          『会員制粉雪』

          バーテンが差し出したグラスは粉雪のごときスノースタイルだった。 「こちらは地中海でございます」 薄く香る潮の香りにわずかに脚が疼く。 鮭などの回帰性の魚が生まれた川の香りを覚えているように、私たちもまたふるさとの海の香りを覚えている。 このバーで特別な会員にだけ出される世界各国の海。 しかもニンゲンによって汚染される前の美しい海。 このバーは海を追い出された私たち人魚のオアシスだ。 グラスを傾ける。遠い故郷の味がした。

          『会員制粉雪』

          『強すぎる数え歌』

          「うわー、あの数え歌だ!みんな、逃げるぞっ!」 悪人どもが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。 「いやー、痛快痛快」 そう言って物陰から出てきたのはひょろりとした青年。 「まったくあの数え歌ときたら強すぎる。三つ数える間にみんな逃げていく。いや、強すぎたのはご先祖様か。そのおかげで、四代目の俺は腕自慢じゃなくのど自慢でやっていけてるんだからな」 うむうむと一人うなずく青年。 その時、どこからか悲鳴。 「ん?俺の出番か。では歌って進ぜよう。  ひとつ、人の世 生き血をすすり  ふ

          『強すぎる数え歌』

          『いらいらする挨拶代わり』

          「いらっ「いらっ「いらっ「いらっ「いらっしゃ~い」」」」」 挨拶代わりのギャグ。 しかし、これを保存するためとはいえ、5人もクローンを作る意味はあったのだろうかと、桂文枝師匠は思うのだった。

          『いらいらする挨拶代わり』

          『鳥獣戯画糊』

          そのニュースを耳にして、俺はこれだ!と思った。 『国宝鳥獣戯画に新発見』 踊る見出しの内容はこうだ。あの誰もが知る鳥獣戯画は、実は墨絵ではなく貼り絵だった。しかも特殊な糊(鳥獣戯画糊と名付けられた)により兎や蛙は生きたまま貼り付けられているというのだ。 これが、相棒を解放してやる手がかりになるかもしれない。 俺はすぐさまその研究所の場所を調べあげ、そこへ向かった。 無論、一般の人間がすんなり入れてもらえるわけがない。何度も門前払いを食らった。その度に相棒が言う。 「根性だ!根

          『鳥獣戯画糊』

          『告白水平線』

          ”落としの松っさん”こと松崎刑事は、いつも容疑者を連れ出しては罪を認めさせてくる。 あるとき、私は松っさんにどうやって落としているのかと聞いてみた。 松っさんはただ一言「ついてこい」とだけ言った。 連れてこられたのは海だった。 岩場の断崖絶壁。松っさんは海を指差した。 「坂上、見ろ。あれは告白水平線だ。2時間刑事ドラマなんかで崖に追い詰められた犯人がベラベラと自分の罪を告白する。その元ネタがここだ。ここに来ると皆不思議と腹を割りたくなる」 いつになく松っさんは饒舌だ。それは松

          『告白水平線』

          『未来断捨離』

          。......れさ戻き巻とへ去過んどんど、し流逆は間時たっ失を場き行。たっましてて捨り切を来未のて全で離捨断来未

          『未来断捨離』

          『サイコのとりから』

          とりわけ暗示に掛かりやすいのは やり方が雑な人間だ。例えば部屋 のゆかを丸く掃くような。文章を 冒頭から斜め読みするような。映 像の中にとつぜん一瞬挟まれたコ ーラのサブリミナル画像を見て、 コーラをついかってしまう。この 文章にもそんなラベルが付いてい る。あるものが、とても欲しくな るラベルが。しっかり者のあなた なら、まさかまさか掛かったりは しやしないだろうが。ほら、何が 食べたい?

          『サイコのとりから』

          『顔を描く』

          メモをみながら、淡々と化粧を続ける。 最期にマスカラを塗って、これで完成。 自撮り写真と鏡の自分を見比べる。うん、そっくり。 最近は何処もかしこも顔認証だから、正確に同じ顔を描かなくてはいけない。 のっぺらぼうも人間界では生きにくくなったものだわ。

          『顔を描く』

          『週刊秘密警察』

          「おまえ、ライターになったんだって。今どこで書いてるんだ?」 「"週刊秘密警察"さ」 「ああ、あの暴露屋雑誌ね」 「暴露屋言うな。うちはちゃんとした会社なの。ポスターやCMなんかでも声高に言ってるだろ"世界から秘密をなくす"って」 「大仰だな」 「考えても見ろ。秘密を持つから後ろめたくてコソコソしたり、疑心暗鬼で人間関係がギスギスしたりするんだ。全部がオープンになればそれもない」 「まあ、そうだがね。しかし、秘密相手となるとネタ探しも大変だろ。毎週どうやってるんだ?」 「バカ

          『週刊秘密警察』

          『アイコンタクト』

          どうしてこうなっちゃったかなぁ。 半笑いのまま私は思った。 事の始まりは佐祐理が山登りに行こうなどと言い出したことだ。 いや、もっと遡れば女人禁制のしきたりがどうこうといった話題からだった気がする。 「女人禁制なんぼのもんじゃい!私と愛美の百合パワーに勝るものなど無いわ!」 で、そん決意(?)で山に登ったもんだから山の神様の怒りにでも触れちまったんだろうね。 ポッキーゲームをしていたら突然のがけ崩れ。上に残った私と命綱ならぬ命ポッキーでぶら下がった佐祐理なんて構図に。 ポッキ

          『アイコンタクト』