怪異VSテクノロジー ーーチョン・ボムシク『コンジアム』
皆さんこんばんは。第8電影支配人の岡本です。
最近めっきり寒くなってきましたね。めっきりってなんかアレですね、冬以外マジで使いどころのない副詞ですね。
北海道出身の友人に「この程度の寒さで冬を語るな」と煽られたので、せめて体感温度だけでも下げようと思い、ホラー映画の雑語りでもやってみようかと思います。今回取り上げるのは韓国発の本格ホラー、『コンジアム』です。
それでは最後までお楽しみください!(※一応ブラクラ注意!!)
POVのホラー映画はなぜ怖いのか?あるいは、なぜPOVという手法は専らホラー映画において使われているのか?
それは視点がカメラマンの持つハンディカム(あるいはiPhone)に局限されているからだ。POVという手法そのものが怖いのではない。それによって視覚を極端に限定されてしまうことが怖いのだ。転じてホラー映画において視点(=カメラ)の数はそのまま安心の強度といえる。
YouTuberを生業とする本作の主人公たちは過剰とも思えるほどに大量のデバイスを山奥の廃病院に持ち込む。そこを探検する光景をライブ配信することで、スポンサーから莫大な資金を得ようという算段だ。彼らは「面白い画」を遺漏なく収めるべく、自分たちの身体のみならず廃病院の至るところにカメラを張り巡らせる。
こうして廃病院はあっという間に無数の視点によって完全に囲繞される。これは恐怖に対する人間理性の勝利宣言だと解釈できるだろう。恐怖が視覚や聴覚を制限されていることからきているのなら、制限されている部分を機械に補完してもらえばいい。身体拡張による「未知」の克服だ。
加えて、廃病院にはスタッフたちの手によっていくつかの「演出」があらかじめ仕組まれていた(ロウソクの火が消え、紐に繋がれた無数の鈴が鳴動し落下するシーン)。要するに閲覧数を稼ぐためのヤラセだ。さて、ヤラセというのは恐怖を軽視しているからこそ可能な芸当だといえる。カメラの多さに対する安心感もあってか、YouTuberの若者たちはそもそも恐怖心に乏しい。
全体をくまなく見通す視点の存在と、恐怖の軽視。YouTuberたちは最新の技術と軽率なメンタルによって最恐の心霊スポットと恐れられる廃病院を単なる観光地にまで後退させかける。また彼らのヤラセを交えた心霊スポット紹介は案の定インターネットを席巻し、途轍もない閲覧者数を叩き出す。企画者の男は野営のモニタールームの中で遠からず懐に入るであろう莫大なスポンサー料を思いほくそ笑む。
しかし事態は次第に不可解な様相を呈しはじめる。ヤラセに過ぎなかったはずの怪異はいつしか本物のそれに取って代わられ、廃病院の中のYouTuberたちを苦しめる。どこまでが演出の怪異で、どこからが本物の怪異なのか。境目がわからなくなる。彼らはパニックに陥り、当初の「脚本」も無視して各々好き勝手な行動を取り始める。このあたりのくだりはダミアン・レベック『バトル・インフェルノ』を想起させる(しかし『コンジアム』のほうが1年ほど先に公開されている)。
空想と現実の混線というトピックはセルバンテス『ドン・キホーテ』の頃より幾度となく繰り返されてきたものだが、それを現代的に翻案すると怪異vsテクノロジーという対立軸が析出するのだろう。
しかし混線が生み出す狂気にたった一人で立ち向かい続けたドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャに比べ、ひたすら逃げ惑う以外になす術のない現代人の弱々しさよ。序盤ではあれだけ余裕を見せていたYouTuberたちは、持っていたカメラも放り出してみな恐怖に怯えだす。その精神の亀裂を見逃すことなく、怪異は一気呵成に彼らに襲いかかる。ここからの反転攻勢ぶりが清々しい。
主人である人間たちがことごとく発狂し、その手綱を握る者がいなくなった無数のカメラたちは「全知全能の視点」であることをやめ、それどころかむしろ見たくもない惨劇を次々と画面上に露呈させる空洞と化す。
…というのはさすがに言いすぎかもしれない。
終盤は割と手垢のついたジャンプスケア演出が多かった印象がある。倒れた定点カメラとか、頭から外れたヘッドカメラとかいった、主人不在のカメラたちを通じて恐怖を演出したほうがよっぽど怖かったんじゃないかと思う。ついさっきまで自分たちの視覚であり聴覚であったはずのカメラが、自分たちの末路を冷酷に映し出すただの記録媒体に変転してしまう怖さ、みたいなところをもっと前面に押し出していれば稀代の名作になり得ていたと思う。
とはいえ本作のゼロ年代インターネットカルチャーを想像力の源とした恐怖造形の確かさには大きな拍手を送りたい。ランク付けされた心霊スポットとか、胡散臭いネットロアとか、黒目が極端にデカいバケモノとか、あったよな~そういうの。韓国でも同じような感じだったというのが面白い。
さて、今回はこのあたりで。
最後までお読みくださり誠にありがとうございました。
文章:映画館&バー「第8電影」岡本因果
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