映画館&Bar「第8電影」

川口にある映画館&バー「第8電影」のnoteです。Twitterに収まりきらなかった映画愛をここで吐露します。

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川口にある映画館&バー「第8電影」のnoteです。Twitterに収まりきらなかった映画愛をここで吐露します。

最近の記事

【祝】1周年を迎えることができました

去年のちょうど今頃。つまり当館がオープンする数日前。 館内の清掃を終えた私はソファに腰を下ろし、何らかの小説を読んでいました。 もはやタイトルも思い出せないその本の中に「彼女は冬を越すことができなかった」という表現が出てきたことだけは克明に覚えています。 私は本を閉じ、入り口の木扉に目を遣りました。木扉は重く閉ざされていて、それが向こう側から開かれることは永遠にないような気さえしました。 冬を越すことができなかったらどうしよう…… * それから一年が過ぎました。

    • 湿度のある風景 ーー佐久間一璃『WALK -覚悟から生まれる道-』

       映画から湿度を感じたことはないだろうか。  例えばアンドレイ・タルコフスキー『惑星ソラリス』の絶えず水が滴り落ちる家。あるいはアピチャッポン・ウィーラーセタクン『ブンミおじさんの森』の獣道さえ敷かれていない鬱蒼とした森。あるいはホウ・シャオシェン『憂鬱な楽園』の曲がりくねった熱帯の山道。  そこに確かに感じられる湿度の感覚は、物語の内容とは一切関わりがないにも関わらず、我々の映画体験をより豊かなものにしてくれる。  こうした作品を通じることで「映画は物語である以上にま

      • 猛暑もぶっ飛ぶオススメホラー映画10選

         連日の炎天下の折、皆さまはいかがお過ごしでしょうか。私は北海道旅行で人生初の骨折を経験したため、日がな一日部屋の中で高校球児たちの奮闘ぶりを眺めるという何ともシブい隠居生活を送っておりました。  まあそんなことはどうでもよく、夏といえばホラー。ホラー映画ですね。というわけで今回は支配人セレクトのホラー映画を10本ほどご紹介しようかと思います。  とはいえ『リング』『呪怨』といった超有名作を列挙するのでは芸がない。無死満塁の局面で我々が本当に見たいのは安心安全な送りバント

        • 不毛な口論が続くほど、愛はそこに降り積もる ーー木村聡志監督特集

           人間と機械はいかにして峻別されますか?的な問いに対しては「ディスコミュニケーションが可能か否か」と答えている。  機械は0と1の羅列が織り成す数理的やりとりによって処理を進める。そこに「テキトー」とか「かもしれない」とかいった余地は認められない。全てはイエスorノーの二元論のもとで進行し、何か例外があればエラーとして吐き出される。  一方で人間のやりとりはもっと曖昧だ。多少ざっくりしていても伝えたいことは十分伝わる。  未来から来た青いハゲといえばドラえもんを指してい

          『ミレニアム・マンボ』の観かた ーーホウ・シャオシェン概説

           当館でホウ・シャオシェン(侯孝賢)監督の『ミレニアム・マンボ』(01)が公開されることとなった。「台湾出身の映画監督といえば?」と問われれば映画ファンのうちの半分くらいは彼の名を挙げるのではないだろうか。それくらいビッグな監督だ。  とはいえホウ・シャオシェンって誰だよ、という方や、知ってるけどどこが良いんだか全然わかんねーよ、という方もおられるかと思うので、本稿では『ミレニアム・マンボ』の観かたと題してホウ・シャオシェンという作家の概説を試みようと思う。本文を3つのセク

          『ミレニアム・マンボ』の観かた ーーホウ・シャオシェン概説

          インディーズ映画って何?

          当館「第8電影」はインディーズ映画を主軸とした上映を行なっておりますが、しばしばお客様から「インディーズ映画って何?」というご質問をいただくことがあります。 そこで今回はインディーズ映画とは何か?と題しまして、インディーズ映画の定義やその魅力について簡単にまとめてみようと思います。 インディーズ映画の定義 インディーズ映画、インディペンデント映画、あるいは自主制作映画。映画好きであれば誰もが聞いたことのある単語ですが、意外にもその定義はあやふやです。それというのも、「イ

          インディーズ映画って何?

          【傑作ドキュメンタリー】映像のあわいに浮かび上がる「魂」 ーー武井杉作『与那国〜それぞれの四十九日〜』【当館にて上映】

          勘違いが生んだ出会い(支配人・岡本)  武井杉作『与那国』と出会うことができたことは本当に偶然だった。  とある休日、崔洋一『友よ、静かに瞑れ』や高嶺剛『ウンタマギルー』といった沖縄映画に魅入られていた私は、新宿歌舞伎町にあるイベントスペース「ミズサー」で『与那国』なる映画が上映されるという情報をキャッチした。  与那国、という3文字が喚起する亜熱帯な想像に胸を膨らませ、ミズサーの扉を叩いた私を待ち受けていたのはしかし、沖縄とは何の関係もない1時間程度のドキュメンタリ

          【傑作ドキュメンタリー】映像のあわいに浮かび上がる「魂」 ーー武井杉作『与那国〜それぞれの四十九日〜』【当館にて上映】

          伸縮するカメラ ーータル・ベーラ『ヴェルクマイスター・ハーモニー』

           ギリシア語には時間を表す語彙が2つある。一つはクロノス(χρόνος)、もう一つはカイロス(καιρός)だ。  クロノス的時間は過去から未来へと一定速度で一定方向に流れる時間の流れ、すなわち客観的時間を表しているのに対して、カイロス的時間は個々人が感じる時間の流れ、すなわち主観的時間を表している。  20世紀文学最大の収穫は、このカイロス的時間が発見されたことだろう。バージニア・ウルフやジェイムズ・ジョイス、ウィリアム・フォークナー等に代表される「意識の流れ」文学然り

          伸縮するカメラ ーータル・ベーラ『ヴェルクマイスター・ハーモニー』

          映画トリビア「ウソ・ホント」クイズ

           映画とは途方もなく巨大な虚構です。我々が実際に見ることができるのは、スクリーン上に映し出される映像だけです。  そしてその神秘性ゆえに、観客たちは映画の「裏側」に強く惹きつけられます。撮影中のアクシデント、スタッフやキャスト同士の仲、興行上の工夫や失策、などなど。  これら「トリビア」を知ることで観客たちはより立体的に映画を理解しようとしたり、あるいは単にコンスタントな知的好奇心を満たしたりするわけです。  さて、このように観客たちがトリビアを共有し合う文化が映画の興

          映画トリビア「ウソ・ホント」クイズ

          映画館&バー支配人が選ぶ胸糞映画10選

          <胸糞映画は飽和している>  胸糞映画、と聞いて皆さんは何を思い浮かべるだろうか?  ミヒャエル・ハネケ『ファニーゲーム』?ラース・フォン・トリアー『ダンサー・イン・ザ・ダーク』?クリント・イーストウッド『ミリオンダラー・ベイビー』?あるいはデヴィット・フィンチャー『セブン』?  確かにその通りだ。上記の作品はどれもこれも胸糞映画界のゴールデンレコードだといえる。しかし貪欲な皆さんにしてみれば、「胸糞映画」と検索をかけて上記のような作品ばかりが取り沙汰される現況は手放

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          人間性の後で ーージェイムズ・ベニング「カリフォルニア・トリロジー」

           『セントラル・ヴァレー』『ロス』『ソゴビ』からなる「カリフォルニア・トリロジー」を続けて鑑賞。今年度(2023年)ベストレベルで良かった。  トリロジー全作品に共通するのは、ワンカット2分30秒のフィックスショットであるということ。セリフは無し。となれば睡眠を促すリラクゼーション映画を予期したが、実のところは全てのショットが緊密かつ意図的に配置された上質なアートシネマだった。  『セントラル・ヴァレー』はジェームズ・ベニングの初期衝動的で不定形的な欲望が迸っており、特定

          人間性の後で ーージェイムズ・ベニング「カリフォルニア・トリロジー」

          愛おしきディスコミュニケーション ーーシェーク・M・ハリス特集に寄せて

          私が『サイドミラー』に出会うまで  私がシェーク・M・ハリス作品に初めて触れたのは去年(2023年)のムビハイという映画祭だった。  ムビハイは映画美学校、ENBUゼミナールに並ぶ映画制作ワークショップである「ニューシネマワークショップ」が主催する映画祭で、在校生・OBによる中短編作品の中から選りすぐりの何作かが上映される。  その日のメインは『遠吠え』という長編作品で、これは特別上映枠として上映された。本作の監督こそが他ならぬシェーク・M・ハリスだった。  『遠吠

          愛おしきディスコミュニケーション ーーシェーク・M・ハリス特集に寄せて

          ファー・フロム・パリ、テキサスあるいは山向こうの街

           目黒シネマだったと思う。  知人とヴィム・ヴェンダースの『パリ、テキサス』を観に行った。  劇場を出るまではお互い無言だったが、俺には無言であることが開く意味の無際限な拡大に耐えられるだけの思慮がないので、単刀直入に「どうだった?」と尋ねてみた。 「まあ、よかったよ」  知人はそこへいくつか気の利いた褒辞をぶら下げたが、文頭の「まあ」が後続のあらゆる肯定的なニュアンスを打ち消していた。  正直意外だった。たぶんものすごく気に入ってもらえるだろうと思っていた。主人公

          ファー・フロム・パリ、テキサスあるいは山向こうの街

          【爆音】METAL MASTER FILMS上映祭、開始・・・【カレーもあるよ】

          METAL MASTER FILMSがやってきた!!  当館では12月18日より1週間の間、METAL MASTER FILMS製作の映画作品が上映される。  METAL MASTER FILMSは監督・高橋佑輔が独自に手がけるインディーズ映画プロダクションだ。23年12月末までに既に10本もの映画作品が製作されており、特に近年は中長編作品も増えている。詳しくは後述するが、ゴアでアシッドでドラッギーな作風を得意とした令和でも稀に見る異色のプロダクションだ。  さて、当

          【爆音】METAL MASTER FILMS上映祭、開始・・・【カレーもあるよ】

          ヒップホップと移民問題 ーー富田克也『サウダーヂ』

          <はじめに>  富田克也の映画はその知名度に反して流通経路がきわめて限られている。DVDは軒並み絶版で中古市場が暴騰、サブスク配信もナシ。というわけで劇場上映されているタイミングで観に行く以外に術はない。幸いにして日本大学芸術学部のゼミ活動の一環で移民映画の特集がユーロスペースで開催されており、『サウダーヂ』も上映作品の一つだった。というわけでようやく初めて富田克也の作品に触れることができた。  非常に素晴らしい映画だったので、忘れないうちに雑記を残しておく。 <ヒップ

          ヒップホップと移民問題 ーー富田克也『サウダーヂ』

          まだそこに生きている ーーチェン・カイコー『さらば、わが愛 覇王別姫』

           チェン・カイコーは歴史を憎まない。それを谷間を抜ける風や浜辺に寄せるさざ波のように、自然的なものとして受け入れる。たとえそれが屋根を吹き飛ばし大地を抉るほど強大で残酷なものであっても。  彼の人生は、有り体に言えば波瀾万丈だ。映画監督の父の家に生まれ、経済的にも文化的にも恵まれた幼少期を過ごすが、反右派闘争や文化大革命の過激化に伴い次第に凋落。反共的で穏健派の父親に失望し、遂には自ら紅衛兵となる。文化大革命末期には雲南省の山奥に下放され、そこで幾年もの間過酷な農作業に従事

          まだそこに生きている ーーチェン・カイコー『さらば、わが愛 覇王別姫』