日本語で読める初のフィドル教本『フィドルが弾きたい!』が発売されました
日本語で読める初のフィドル教本が、2022年2月に音楽之友社から出版されました。『Complete Irish Fiddle Player, Pete Cooper著 (1994年 MalBay出版)』 の翻訳版になります。僭越ながら、私が翻訳を手掛けました。原書は世界的ベストセラーで、アイリッシュフィドルの入門書として、初版から28年間、すでに、世界で多くの人に学ばれている良書です。なお、このたびの日本語版を期に改訂されております。
(原著は、amazonで72個のレビュー、4.6の高評価!)
著者について
著者のピート・クーパー先生は、オックスフォード大学ベイリオルカレッジ卒業、という異色の経歴を持つフィドラーで、これまでアイルランドのコーク大学、アルスター大学の民俗学位コースの客員講師を務めるなど、アイルランドでも信頼の厚いフィドル教師です。
また、アイルランドのフィドル奏者兼研究者で、『 The Irish Fiddle Book 通称オレンジ本』の著者として知られるマット・クラニッチ先生とも親交が深く、お二人は共に、伝統のフィドル奏法を研究する第一人者として知られています。従って、オレンジの本の内容は本書に継承されており、本書でマット・クラニッチ先生が解明した、ポルカの弾き方が学べます。
クーパー先生は、アイルランドのみならず、U.K.や海外において、50年以上に渡るキャリアを持つプロのフィドル奏者であり、他に5冊のフィドル教則本を執筆しています。長年に渡ってカリスマフィドル教師として、この世界では大変著名な方です。その他、詳しい音楽活動の経歴については、ピート・クーパー先生のHPをご覧ください。
クーパー先生は、1970年代の20代の頃に、アイルランドの古老のフィドラー達から音楽を直接学び、その中には、著名なゴールウェイのルーシー・ファーや、ドニゴールのコン・マックギンリーなど、多数おられます。そうした古い時代の奏者達から直伝された曲と奏法に加え、インタビューを併せたものが、本書の内容となっており、昔ながらの奏者が亡くなってしまった今となっては、もう、学ぶことができない、大変貴重な資料のような存在となっています。
フィドル教本として最適
伝統的な音楽家の家に育った人でない限り、本書はアイリッシュフィドルを学ぶのに最適な入門書です。
古老のアイルランドの奏者からアイルランド音楽を学んでいく、というのが本書のストーリーであり、その道程は、私たち、日本人も同じく辿るものです。コミュニティの外部の人間にとって、何が分かりにくいのか、どんなことに主眼を置いて学んだらいいのか、そういったことが、気負いのない、素直な筆で書かれています。
そして、フィドルを学ぶ上で一番わかりにくい部分、つまりフィドラーが習慣や感覚で行っている弾き方を、客観的、かつ、論理的に解説します。それらを体系化して学ぶことができるフィドル教則本は、他に類を見ません。アイリッシュフィドルをこれだけ見事に分析し、まとめあげた教則本を超えるものは、先にも後にも出てきていません。
アイリッシュフィドルの主要なスタイルがこの一冊で学べる
アイリッシュフィドルには、「これこそが唯一正しい」という、単一のスタイルがありません。北はドニゴール、西はスライゴー、南はクレア、シュリーヴルクアまで、さまざまな地域のフィドルのスタイルがあります。そうしたアイルランドの地域のスタイルとレパートリーをこの一冊で『完全制覇』できるのも、本書の大きな魅力です。
著者は音楽を学ぶために、ドニゴールに移住し、古老のフィドラー、コン・マックギンリーから、昔の様子を聞いたり、ドニゴール固有のマズルカやハイランドのレパートリーと弾き方を直伝されます。今日のネット時代には、かえって検索に引っかからずに埋もれてしまっている名曲も載っています。
シュリーブルクア地方のポルカやスライドなどのボウイングは、マット・クラニッチを通して解明されたもので、パドリック・オキーフやその上の年代の奏者が、まさにそうしていた弾き方がこの本で学べます。また、パドリック・オキーフの弟子から直伝された曲も掲載されています。
ゴールウェイのフィドルスタイルは、著者がロンドンで直接知り合ったルーシー・ファーを通じて、パディ・ファヒの音楽が学べます。こうした昔ながらのフィドラー達は、2000年代初め頃までにはみな亡くなってしまい、今ではもう、これをしのぐ本を作ることさえ叶いません。まさに、絶妙な時代に作られた本だと言えます。
その他、アイリッシュの装飾音であるロールを分解・展開して、指の操作方法、アクセントの位置などを詳しく解説されています。トレブルの弾き方といった技術面も詳しく学べる、納得の一冊です。
原書との出会い
私が原書のことを知ったのは、フィドルを習いにピート・クーパー先生のご自宅に通い始めてしばらくたった頃でした。
(私が先生に出会った経緯は『イギリスに行く~フィドルに出会うまでの道のり』『もうひとつのバイオリン、フィドルとの出会い』に書いています。よかったらご一読ください。)
手に取ってみて良書と確信しました。「暖炉を囲んで楽しまれた音楽は温もりのあるもの」「音楽は心から楽しむもの」という、先生のレッスンを実際に受けて感じたことが、本書にもしっかり伝わっており、これを翻訳して、日本のみなさんにも届けたいと思いました。フィドルを教え教わった、アイルランドの音楽家たちと著者の互いの愛情が、読者にまで伝わってくるような本です。
出版に至るまでの紆余曲折
しかし、フィドルというものが、2004年ごろの日本であまり知られていなかったので、私がいくらこの本は素晴らしいと思っていても、「フィドルとは?」というところから出版社に理解してもらうのは大変でした。
また、出版の問題として、海外版権というのが最大のネックとなっていたため、これまで別の出版社から、自費出版やKindle(電子書籍)出版、いう提案もされました。私自身が書き下ろしたらどうか、という友人からの助言もありました。
けれども、日本のみなさんに最初に正確な情報をお届けするために、原書を訳した翻訳版が間違いがなくて一番よい、というのが一貫して変わらない私の思いでした。
ついに出版へ
出版社から何の手応えのないまま、諦めきれない気持ちでいた頃、世界でコロナパンデミックが起こりました。社会が先行き不安の中で、私も、最後にもうひと踏ん張りする気持ちが沸き起こり、打診したいくつかの中から、ついに、出版を考えてくれる出版社が現れました。
それが音楽之友社です。私もクラシックヴァイオリンを習っていた子供の頃、『新しいヴァイオリン教本』など音楽之友社の教則本を使っていました。クラシックの世界ではなじみ深い出版社からフィドル教則本が出るということは、アイリッシュファンのみならず、ヴァイオリン愛好者の方々にも広く、もう一つのヴァイオリンの世界を知ってもらえることになると思いました。
私の企画を掬いあげてくれた編集者さんと音楽之友社にはほんとうに感謝しています。私が本を出すのは初めてで、音源を含めた改訂もあり、日本語版用のデザイン変更もありで、編集者さんには、ほとんどお休み返上で編集作業をして頂きました。
このようにして、本の出会いから19年の紆余曲折を経て、ようやくみなさんの元に、フィドル教則本をお届けすることができました。
この本が、フィドルを愛する全ての方に届きますように!
Happy Fiddling!
現地の極めて限定的な環境で学んだという、日本のフィドル教師の方に、その方の知らないことがたくさん書かれていると驚かれるほど、この本は、大変よく出来ていてます。アイルランド全土から曲の種類を満遍なく集め、背景や文化的な魅力までを網羅しています。実際にご購入頂いた方からは、「これほど具体的で実践的な本はなかった」「フィドルをもっと好きになれた」とのお声をいただいています。ぜひ、一度手に取っていただき、その中身をご自身の目で確かめてください。この本が、みなさんの音楽の世界を広げるお手伝いができれば幸いです。
本書「まえがき」の一部分を詳しく解説。併せてお楽しみ下さい。