もう一つのヴァイオリン、フィドルとの出会い
みなさんは、どのようなきっかけで音楽や楽器に出会いましたか?その出会いはどういうものでしたか?音楽で悩んだりしたとき、出会いを思い出し、初心にかえるのは大切ですよね。私がフィドルに出会ったのは2002年なのでずいぶん前のことですが、その時のことはよく覚えています。
イギリスの市民向けの成人教育(Adult Education)がきっかけ
イギリスに着いてからこの地に「フィドル」というものがあって、それがどうやらヴァイオリンのことらしい、ということを私は日本からの留学生仲間から聞いて自分でも調べていました。イギリスに持っていくことのできる限られた荷物の中で、たまたまヴァイオリンを日本から持参していたので、何か新しいジャンルであれば挑戦したいなと思いました(とはいっても、それがどのようなものか見当もつきませんでしたが)。
イギリスでは古くから成人向けの教養教育が盛んで、多岐に渡る講座の案内の分厚い冊子がシーズンごとに本屋に並びます。フィドルスクールはその中から見つけました。
最初にクラスに行った時のことはよく覚えています。ロンドンのチューブ(地下鉄)のカムデンタウン駅を降り、骨董市で有名なにぎやかな通りと反対側に行くと、こげ茶色のレンガの建物が見えてきます。前もってフィドルスクールのピート・クーパー先生に電話で教えてもらったとおりの外観です。建物には「English Folk Dance and Song Society」という白い文字が見えて、これから新しい世界の扉を開く期待に胸が高まりました。
このレンガの建物は別名「セシル・シャープハウス」といって、イギリスでは民俗音楽の研究の本拠地であり、クーパー先生は民俗音楽の研究では有名な先生であることも、だいぶ経った後で知りました。
建物に近づくと中からヴァイオリンの合奏が聞こえてきました。私は時間に遅れていたわけではなかったのですが、すでにたくさんの人が集まって復習で何か曲を弾いているようでした。
これまで聴いたことがない音楽に衝撃を受ける
聴こえてくる調べは、これまで耳にしたことのないヴァイオリン音楽でした。しかし、なんて美しいのでしょう!私は衝撃を受けました。その曲は、アイルランドの音楽のスリップジグという種類で「The Dusty Miller」という曲だということも後で分かりました。
アイルランド音楽は美しく、愉快でありながら、ときに物哀しくもあり、私がこれまで聞いたことのない音楽でした。不思議な調で驚くほどすてきなのです。
次に習う曲、その次の曲も、思わず口ずさんでみたくなるような親しみがあって、長い歳月に渡って多くの人によって親しまれてきた曲は洗練されています。私はまたたくまにフィドル音楽のとりこになりました。
ファーストポジションで満足な演奏が楽しめる世界
伝統的な音楽には、民衆の知恵というべき、音楽を自分たちのものとして楽しんできた工夫がつまっています。フィドルはファーストポジションですべての曲が弾け、クラシックヴァイオリンよりもずっと楽に楽器を構えます。
私自身、結婚、出産、育児とめまぐるしい日々の中で、ヴァイオリンに触れるのも久しぶりでしたが、フィドルは聴いたより難しくなく、ダンス曲の弾むようなリズムに心が躍りました。
あれから、クーパー先生の多彩なスタイルと、他にも教わった各地の先生方の影響もあって、アイリッシュ以外にもイングリッシュ、スコティッシュ、スウェーディッシュ、ケイジャン・・・とレパートリーが増えていきましたが、今でも私のファーストチューンである「The Dusty Miller」はよく弾きます。この曲を弾くとフィドルの出会いがよみがえるとともに、毎回装飾音やメロディが少しずつ変わって、何度弾いても面白いのです。
クラシックヴァイオリンの人にも知ってほしい
日本ではヴァイオリンと言えばクラシック音楽のヴァイオリンのことですが、世界にはフィドルという呼び方をされるもう一つの歴史あるヴァイオリン音楽が広がっていることを私はイギリスに行くまで知りませんでした。
フィドルは現地では実際にそうであるように、ヴァイオリンを大人になってから始めた人や、趣味でヴァイオリン楽しみたい人にとても適しています。
楽器を演奏することは、心身にもとても大きな喜びを感じます。私自身、子供の頃に親しんだヴァイオリンがフィドルとして復活してとても幸せです。これからもフィドルの楽しさを多くの方に広めていきたいと思っています。
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トップ画像:2003年、セシルシャープハウス内、フィドルスクールでの初めてのフィドルパーティーの様子。Pete Cooper先生とクラスメイトと筆者。
音源紹介:文中の「The Dusty Miller」は、バンドAltanのThe Red Crowのアルバムの2トラックの2曲目に入っています。デジタル音源とCDがありますが、CDは解説がついてくるのでおススメです。
フィドル教則本紹介:Pete Cooper先生の著書で世界中で売れているアイリッシュフィドル教則本を私が翻訳しました。London Fiddle Schoolで先生が長年教えてきたノウハウが詰まっています。曲を進めていきながら、フィドルボウイングを体系的に学ぶことができます。
こちらが原著です。
同じくPete Cooper先生の著書。アイリッシュフィドルの名曲集第2弾。スリップジグのThe Dusty Millerも入っています。Scott社の同名の本は同じ内容です。こちらの方はCD付きです。
イギリスの音楽の研究の第一人者でもあるPete Cooperの著書。イギリスの各地の伝統曲を集めたイングリッシュ曲集。ボウイングと装飾音が丁寧に書かれており、学ぶ人がすぐにイギリスの調を自分のものとして楽しめるようになっています。イギリスの伝統音楽につていは詳しい記事がありますのでぜひご覧ください。
団体紹介:イングリッシュ民俗舞踊民謡協会(EFDSS:English Folk Dance and Song Society) 20世紀初め、セシル・シャープ(1859-1924)はモリスダンスの伴奏をする古老のフィドラーたちの記録を行いました。1911年、イングリッシュ民俗舞踊民謡協会(EFDSS)を結成し、イギリスの民俗音楽の研究を牽引しました。ロンドンのカムデンにあるセシル・シャープ・ハウスには、蒐集家たちのコレクションや資料が保管されています。現在は、イギリスを中心に、アイルランド、ヨーロッパの伝統的な歌やさまざまな種類のダンス、コーラス、音楽を学ぶことができ、交流会、セッション、コンサートなども行われています。B1にはバーもあるんですよ。
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