楽しめたかもしれない
中学生のとき、夏休みに「美術館か博物館へ行き、レポートにまとめる」という宿題が出た。
親に連れられ、自宅からいちばん近い横浜美術館へ。
ブロンズの彫刻がたくさん並んでいて、館内はひんやり涼しく、ひかえめな照明が心地よかったのを覚えている。
時は流れ、今度はわたしがその宿題の引率をすることになった。
姪(以下N)が通う中学でも、同じ宿題が出たからだ。
よく美術館に行ってるから、という理由でわたしに役目が回ってきたらしい。
うれしいご指名。
Nは幼少期からイラストが上手で、部活もイラスト部に入っている。
めきめき腕を上げており、YOASOBIのMVで使えそうなイラストをたまに見せてくれる。
でも美術館は記憶のかぎり行ったことがなく、好きな画家も特にいないとか。
おっ、と、これは、責任重大。
Nの、美術館原体験になるかもしれない。
観に行く展示は、じぶんで選んでもらうことにした。
今はこんなに便利なアプリがある。
「全国の美術館・博物館で開催されているアートイベントのチラシが、スマホやタブレットで簡単に閲覧できる」無料アプリ、チラシミュージアム。
キービジュアルが一覧になっているため、感覚で選ぶことができるし、正直これをながめているだけでも楽しい。
「気に入ったのクリップしておいて」と告げると、「わーい」と言いながら軽やかに画面をスクロールしていた。
スマホ・タブレット操作はお手のもの。
LINE交換するときにわたしがモタついていたら、細い指がスッと伸びてきて、全部やってくれた。
叔母、老い(と社交力の低さ)を痛感。
で、Nが選んだのがこれだ。
選ぶだろうなと思ったのと、かわいらしいのと、シブいのが混在している。
結果、選ぶだろうな、と思っていたこちらへ。
ヨシタケシンスケ展かもしれない
そごう美術館
2024/07/23(火)〜2024/09/02(月)
『りんごかもしれない』『おしっこちょっぴりもれたろう』などで有名な、絵本作家・イラストレーターのヨシタケシンスケさん初の大規模展覧会。
N本人も、この絵本は通ってきている。
百貨店の中にある美術館だし、基本的に写真撮影可能なので、とっつきやすさとレポートの書きやすさを優先した。
モネとかルノワールとか、上野の美術館とか、いわゆる正統派なところから入った方がいいのかもしれない、と思いはした。
でも、原体験になるなら「みたい!」と思うものを観てもらうのが一番いい。
レポートを書くのはN本人。
それにここは「百貨店美術館として国内で初めて博物館法に基づく登録を行った1,000㎡規模の本格的美術館」なのだ。
中学生以下は無料。
「この子中学生です~」と入口を通過しようとすると、学生証の提示を求められた。
N、持ってきていない。
こちらもうっかりだった。
保険証のコピーで入れたし、ジュニアガイドもいただけたが、もう学生証の提示が必要な属性になったのだ。
N自身もそれを感じただろうか。
夏休み序盤の日曜ということで、比較的混んでいた。
チラシの雰囲気からこどもだらけかと思いきや、大学生組やおとな組もけっこう来ている。
絵本の原画やアイディアスケッチ、立体作品、ゲーム感覚で楽しめる体験型作品、ヨシタケさんの気に入っているオブジェなど、多岐にわたる展示だ。
天井から床まで、壁を埋め尽くす2,500枚のアイディアスケッチは壮観。
最初こそ緊張の面持ちだったNだが、なごやかでポップな空間に安心したのか、足どり軽くずんずん歩き出した。
ひとつひとつを至近距離でじっくり観たり、ときおり作品をすっ飛ばして進んでいったりするため、「これ離れてみるとおもしろいかも」「こっちにもあるみたい」など最低限の声かけをしつつ、一歩後ろをついて歩く。
うんちくよりも、自分が感じたことを素直にレポートに書いてほしい。
しゃがんだり背伸びしたりと夢中でのぞき込んで、気に入った作品を見つけては写真におさめている。
叔母も、お気に入りの作品を写真におさめた。
おとなにも響く作品がたくさんある。
なるほど、大きいおともだちも腰をかがめて楽しんでいるわけだ。
西日に照らされたおじさんの表情、共感しかない。照明の色も、当たり方も、まさしく西日。
天井には、フラッグのごとく『もれたろう』のカラフルな洗濯物が。
それまで空気を読んで小さめの声で話していたNが、「ハートだ!あ、あれは星!」と興奮気味に言う。
おもらしが全部、星型やハートなどかわいらしい模様になっていた。
教えてくれてありがとう。小さくて見えなかった。
叔母、また老い(とほんのり尿意)を感じた。
カメラに映ると、顔部分が「りんごかもしれな」くなるしかけが随所にあって楽しい。
うしろのひとたちも、自動的にプライバシーが保護される。
ときおり、偶然かわざとなのか、本来の顔が映る。
目を細めるNの楽しそうな顔がみえて、叔母は安堵した。
1時間半じっくり観て、グッズをたくさん買い込み、遅めのお昼はNの強いリクエストでうどんを食べた。
同じ中玉を頼んだはずなのに、驚きの吸引力でNが先に完食し、芋とちくわの天ぷらまで平らげ、「ふふ、ゆっくり食べて~」と余裕の表情で言われる。
これは老いではない。Nがうどん大好きなだけだ。
美術館原体験責任者のつとめは、ひとまず果たせたのかもしれない。
「楽しかった!」「また美術館連れて行って」と言ってもらえたし、兄(Nの父)からも「すごーく満足して帰宅した」と聞いた。
この展覧会は、正直わたしひとりでは行かなかったと思う。
おとなでもクスッとするような仕掛けがたくさんあって十分楽しめたし、誰かと行くと、より楽しいかもしれない。
新しい世界を見せてくれて、こちらとしても感謝である。
望まれるかぎりおともするけれど、わたしは14歳から友人と美術館に出かけていたので、近々Nもそうなるだろう。
そのほうが、きっと楽しい。
あと、もし現代美術に興味を持ったら、香川県の直島に行って帰りに讃岐うどんをたらふく食べてきなさい。