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【ニュースコラム】山崎正和さん逝去 時間の消費について考える

―本から得られる知識はどこまでも愛おしい だが現実で得られる実感に勝ることはない

評論家で劇作家の山崎正和さんがご逝去なされた。新聞各紙が大きく報じている。正直なところ、勉強不足につき詳しくは存じ上げない方だった。サントリー文化財団の創立メンバーを務めていらしたとのことなので、開高健さんとも交流があったことになる。

84年に吉野作造賞を受賞した「柔らかい個人主義の誕生」では、モノではなく時間の浪費や自らを表現する社交を楽しむ大切さを説いていたという。

今も時間節約術に関するビジネス書籍の出版は後を絶たない。その大きな流れを作ったのは、勝間和代さんであろう。勝間さんの考えを支持する方々を指す“カツマー”という言葉も生まれた。

どちらが正しいということではないのだろう。ただ、時間が大切なものであるという認識に変わりはないはずである。読売新聞の記事によれば、山崎正和さんの著書『リズムの哲学ノート』の“ノート”という表記には、このような思いがあったのだという。

「僕には完成品を書く時間がない。過ちも不十分な点も読者に見せ、一緒に考えてもらいたかった」

さて、筆者に89歳の祖母がいることは、終戦記念日のnoteに書いた。祖母の趣味が裁縫。家族のひいき目ではなく、十分に玄人はだしのレベルであると思う。バッグにタペストリー、家にはたくさんのコレクションがある。これはその一部。

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それほど、ひどい痴呆にならずに済んでいるのも、裁縫のおかげかと勝手に思っている。そんな祖母をずっと悩ませている問題があった。視力の低下によって、針穴に糸を通せなくなっていたのである。糸通しといえば、小学生のとき学校から支給された裁縫箱に、針金式の糸通しが入っていた。

その針金式のものを使用していたのだが、それすら針穴に通せなくなっていた。手伝ったりもしていたが、縫う作業よりも糸を通すことに多くの時間が割かれてしまっていた。

昨日、大型ショッピングモールにある裁縫用品専門店へ行った。すると、画期的な糸通しを発見したので購入した。

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針をポンっと挿入して、糸を引っかける。レバーを押すと自動的に針穴へ糸を通してくれるのである。祖母は俄然意欲を取り戻して、今日もパッチワークに勤しんでいる。

時間を使うといっても、それが手段なのか目的なのかによって、その価値は違ってくる。

どれだけ読書をして、時間の大切さを頭では理解していても、自分のことになるとつい忘れてしまう。時間の大切さを祖母の姿から教わった気がする。

山崎正和さんが言う“時間の浪費”の意味するところは、こういうことだったのではないか。そのことに実感を持てたような気がしてならない。

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