震災クロニクル3/16(27)

年季の入った建物。

日本一の歓楽街の片隅にいかにも社会のひずみのような雰囲気を漂わせる建物に僕らは入っていった。意外と混んでいて、海のものとも山のものとも分からない人がチラホラ。中にはホワイトカラーもいるのだろうか。スーツ姿もチラホラ。

さっさと受付を済ませ、ロッカーに荷物を押し込んだ。自分は洗濯物をまとめ、大浴場に向かった。同僚は長旅の疲れからだろうか、少し眠りたいといって、カプセルに入っていった。

ここ数日のドタバタを外側から綺麗に洗い流し、久々に長風呂をした。背中に落書きをしている人たちがたくさんいたのにもかかわらず、自分は物怖じをせず、好きなようにふるまった。浴槽で存分に足を伸ばし、しばらく天井を眺めていた。天井から滴り落ちる滴を目で追う度、少しずつ眠気が襲ってきた。明日がどうなろうと、もうどうしようもないところまで来てしまったのかもしれない。新宿の区役所など、避難所に関することに対して動き出さなければならないのに、今は力が出ない。そっと湯船からあがると、洗濯物を洗濯機に押し込んで、少し自分も休もうとした。食堂では相変わらず震災のニュースが流れている。20人くらいが食い入るようにそれを眺めているが、そこには何一つの悲壮感もなかった。テレビから流れるニュースが今日も流れている……そのニュースが流れる……。テレビに映る悲劇的な映像が日常のカプセルホテルの食堂、その風景の一部分に溶け込んでいた。少なくともテレビを見ている20人の近くには現実にその悲劇的な状況を駆け抜けてきた2人がいることに彼らは気づいていない。

…………………

午後11時頃だろうか。少し眠ってしまったらしい。洗濯物を取りに行き、乾燥機に入れた。ロビーは閑散としていて、テレビの前に5人足らずの人たちが泥酔している。いや、もしかしてうたた寝していたのかもしれない。

何とも言えない平和な日常が今日も東京では繰り返されていた。どこか物寂しい。

福島では今日も生きるか死ぬかの駆け引きがあったり、自分の行く先が分からず、未だに不安を抱えて避難所で夜を明かす人々があまたいることだろう。僕らはそこから抜け出した。

抜け出して、たどり着いたところは別世界。震災のことはテレビの画面で伝えるのみ。ここにはいつもと同じ日常があった。

本当に同じ国なのだろうか。

「ここは別世界ですね」

同僚が起きてきた。彼はとても寂しい顔をしていた。

「ちょっと散歩でもしようか」

珍しく自分から誘った。少し歓楽街の光に当たりたかっただろうか。僕らは外に出た。煌びやかな服を身にまとう女性たちや黒塗りの車が街を行き交っている。

こじんまりした居酒屋に僕らは入った。

「少し飲もうか」

ビールとウーロンハイ

おつまみを2品注文して、僕らはささやかなカンパイをした。

普段は全く飲まないアルコールを今日ばかりは飲んだ。喉かカァッと熱くなり、気分が高揚した。普段飲まないから余計に酔ったのだろうか。30分くらいして僕らはその店を後にした。

その日は震災の事は何も語らず、自分たちはただゆっくりと眠りについた。明日から始まる激動をまだ知らずに。

福島県のどこかに住んでいます。 震災後、幾多の出会いと別れを繰り返しながら何とか生きています。最近、震災直後のことを文字として残しておこうと考えました。あのとき決して報道されることのなかった真実の出来事を。 愛読書《about a boy》