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戦略的モラトリアム【大学生活編】(29)

1月の末

後期試験がほぼ終わった。入試期間に突入するため、長い春休みとなる。試験日はもちろん大学構内には入れないし、大学図書館も利用できない。他の奴らはバイトや終活の準備、はたまたサークル、部活に勤しんでいることだろう。自分はといえば……

図書館から10冊の本を借りてくると、それをVintageで読み漁っている。アパートにいても時間の無駄遣いをするだけ。モラトリアムは単に時間の無駄使いをするのではなく、自分のために時間を垂れ流すのだ。決して無為に過ごすことを良しとしない。鬱蒼とした気持ちを払拭するにはだれかと会話をしないと、気分転換でもして気持ちを晴れ晴れとしないと。いきつけの喫茶店Vintageに向かう以外自分の気持ちのやりどころがなかったのである。冬の木枯らしが吹きつける昼下がり。自転車で喫茶店に向かう。

カランカラン……

「いらっしゃい」

マスターがいつもの笑顔で迎えてくれた。トーストとコーヒーに舌鼓を打ちつつ、おもむろにバッグの中から先ほど借りてきた本を取り出す。

……マスターの煙草の煙とコーヒーの湯気がシックな店内をより趣深いものにする。喫茶店の中から遠目で外を眺めるマスター。ふと自分に声をかける。

「4月までは何をしているの?」

自分の頭を一番悩ませている課題にズバッと切り込んできた。少し考えてコーヒーをひとすすり……。ゆっくり口を開いた。

「特に決まってはいないです。バイトはありますが、それ以外何もないですね。」

「お仕事は一日中なの?」

「いえ、夕方から夜にかけてです」

「それ以外は特に決まってない??」

「ええ……まぁ……」

なんとも気まずい。痛いところを突かれた感じである。自分が決まりの悪い顔をしていると、マスターが言葉を続けて投げかける。

「それはもったいないよ。せっかく地元からここにきているのだから、自部分の住んでいるところくらい知らないと。この街の観光地とかを探索してみたら?」

あぁ……なるほど。それは確かに面白いかもしれない。だが、自分自身のことがもやっとしているからだろうか、どうもすっきりしない。

「街探索は確かに面白そうですね。3月くらいにはしてみたいとは思いますが、来年度は3年になるので、自分の方向性も決めないといけないんです。だから……何やっても心から楽しめないんですよね……」

「君はどうしたいの?」

でた!多分、次の一言で自分の負けだ。会話が積んでしまう。

「それが、まだ分からないんです」

次の一言が出る前に自分も言葉を続けた。

「夏の研究会のことが頭に残っていて、そこでの出会いが自分の未体験ゾーンというか、なんというか……。こういう世界もあるのかって感じてしまったんです。それから自分のことが分からなくなってしまって……」

「う~ん。それはきっと調べてみる必要があるよね。教育学とか英語教育ってものを研究しているグループとかに参加させてもらったりして、少し自分探しをしてみたらどうかしら」

「研究会ですか?」

「いや研究会とかじゃなくて、その専門について研究している人にインタビューしてみるとか、大学院について調べてみるとかあるんじゃない?」

「教育関係の大学院ですか……?」

「興味があるんでしょ?」

・・・・・・・・そうか。

福島県のどこかに住んでいます。 震災後、幾多の出会いと別れを繰り返しながら何とか生きています。最近、震災直後のことを文字として残しておこうと考えました。あのとき決して報道されることのなかった真実の出来事を。 愛読書《about a boy》