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VINTAGE【選挙・戦況・広報の後方】㉒
時間は少し遡る。
とある真夏日
街中に選挙の看板が立つ。車のスピーカーから候補者の名前が連呼されるたび、うっとうしさが増す。
まぁ、彼らも必死なんだろうからやらせておこう。
大学生の自分にとって当時は何のイデオロギーもなく、ただこの数日間の喧騒を耐えれば、また日常が戻ってくる……と、そこまでは気にならないか。ただ、住民票を移していないから、ここの投票ができないなぁ。
もともと地元にいようが投票はしないが。
Vintageで午後のひと時をアイスコーヒーで流し込んでいた。
強烈な夏の日差しに当てられて、一人の老人が扉を開いた。
常連のおじさんが肩にタオルをかけ、手にはチラシをどっさりと持っている。
「よぉ、青年!今度の選挙よろしく!」
無垢な少年のようにボクに話しかけた。
「あ……はい」
マスターは苦笑い。
「今日は暑いから気を付けてくださいね」
コップ一杯の水をおじさんに出して、マスターは奥に消えていった。
まもなくSさんが入ってきて、カウンターでブレンドを頼む。
煙草の煙に巻かれながら、しばらくは無言の空気が流れる。それは決して重いものではない。何となくふわっとした午後のひとときがVintageにも訪れたのだ。
しばらくして、おじさんは注文したアイスコーヒーを飲み終えると、また暑い中へ消えていった。
「そういえば、選挙なんですね」
今まで黙っていたSさんに話しかけると、彼は重そうに口をゆっくりと開いた。
「うん。そうだね。君はあまり興味がないのかい」
「いや、そういうわけではないですけど、住民票がここにはないので地元の選挙しか参加できないんですよ。手続きとか面倒だし自分はしないつもりです」
Sさんは少し厳しい顔になり、自分に続けて話しかけた。
「与えられた権利は行使しないとダメだよ。たとえ投票したい候補者がいなくても。白票を投じればいい。それは声をあげたってことだから。自分は海外にいてもちゃんと投票したよ。同僚に『なんでそんなことをしているんだ』って言われたとき大喧嘩になったけど」
はっとした。そう自分に与えられた権利を放棄しながら、現状の愚痴だけ垂れ流していた自分に気づいたのである。
それではダメだ。
学生ながらに考えさせられる瞬間が、午後のこの日照りの真っただ中でエアコンに当てられたボクに訪れたのである。
とても惨めな気持ちになると同時に戒められた気分だ。
大学生という身分はいつまでも続かない。自ら考えなくては。
先ほど店内で休憩していったおじさんは、某政党の党員だった。
Sさんは無政府主義を自称していた。
そして自分は……現状維持の政府追認。というか、ノンポリの無関心派。
いや、今からは変わろう。
ある夕下がり。選挙カーの声が遠くから聞こえる。
暑い夏、真っ盛りの夏。
福島県のどこかに住んでいます。 震災後、幾多の出会いと別れを繰り返しながら何とか生きています。最近、震災直後のことを文字として残しておこうと考えました。あのとき決して報道されることのなかった真実の出来事を。 愛読書《about a boy》