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『穏やかなゴースト 画家・中園孔ニを追って』 村岡俊也

先週末に一気読みしたのですが、まだ少し茫然としてます。


知り合いでもないし、作品を見たことさえありませんでしたが、彼の不在による喪失感を感じてしまう不思議な読後感。

ご存じの方も多いと思いますが、2015年に25歳の若さで夭逝した画家・中園孔二。昨年、猪熊弦一郎現代美術館で個展が開催されてましたが、その情報をポッドキャストで聴いて、初めて彼の存在を知りました。

こちらの『穏やかなゴースト 画家・中園孔ニを追って』は、ライターの著者が藝大の知人から「天才」と呼ばれていた中園の存在を知り、さらに別の知人が彼の元講師で一緒に彼の事を冊子にまとめて欲しいと依頼されたのがことの始まり。

彼の家族、地元の友人、藝大の同級生、教師など数多くの関係者へインタビューを敢行。
誰にでも優しい爽やかなスポーツ少年が藝大を目指し、圧倒的な才能で周囲に認められていく。

但し彼の謎めいた行動や、作品から受け取れる普段の彼の印象と真逆の作品性。そんな複雑な存在である、今は亡き中園孔二を追い求める内容です。

彼の死後、すぐに美術館での収蔵を決めた東京都現代美術館のキュレーター・長谷川祐子氏のコメントが中園の作品を的確に表現していました。

世の中はすぐに忘れ去られるもので溢れています。でも、中園さんの絵は忘れられないですよね?どれを見ても彼の絵だとわかる。どれも彼の分身なんですよ。私の家に飾ってある絵を観るたびに、ああ、中園君はそこにいるなと感じるんです

『穏やかなゴースト 画家・中園孔二を追って』村岡俊也

いくつものインタビューのなかで、印象的だったのが学生時代の他人を気遣うエピソードの数々。

中学時代の担任からは、

(中3の個人面談において)
中園君の順番になった時、彼はバスケットの部活中でした。短パン、ランニング姿でダダダって走って入ってきて汗だくなんです。座りながら『はい、先生』ってペットボトルのお茶を私に差し出してくれた。そのことを思い出すと今でも泣けてきます。『汗をかいてるのは、あなたじゃないか』って言ったら『僕の分はお母さんが水筒に入れてくれてるから、これは先生に買ってきたんだ』と。『先生、ずっと喋り続けて疲れているでしょ』みたいなことを言ったんだと思います。本当に参っちゃいましたよ。困るんです。すごく困る。そんな子、いないですよ。三十年教員務めても他にいません。

『穏やかなゴースト 画家・中園孔二を追って』村岡俊也

大学時代のバイト先の寿司の名店「和さび」の主人からは、

あいつは、ただものじゃないよ。
寿司屋の振る舞いってものが、すぐにわかる奴だった。ひとつ言えば、すぐに察して動いてくれる。頭がいいんでしょうね。酒を出すタイミングにしろ、返事にしろ、その振る舞いが素晴らしかった。〜
うちの店を継いでくれたら良かったのにって、たまに思い出したりしますよ。

『穏やかなゴースト 画家・中園孔二を追って』村岡俊也

そして大学の同級生からは、

それがどのタイミングで破れたのか分からないんですけど、『どうしたの?大丈夫?』みたいなことを言われて。笑ってごまかそうとしたけどできなくて、『私はしょっちゅう死にたくなっちゃうことがあって、ちょっと気を抜くとすぐそうなっちゃうんだ』って言ったんです。そうしたら中園くんは目を合わせて、『俺は、そういう人のために絵を描いてる』って話してくれた。まっすぐな視線で、まるで私の瞳孔の奥を見ているみたいに。あれが、本当の意味で目を見て喋った、最初で最後だったっていう感じがします。

『穏やかなゴースト 画家・中園孔二を追って』村岡俊也

どのエピソードからも相手気遣う気持ち、求めていること察する能力が高いことが伺える。

しかも、察した上で相手の期待を超える対応ができる、というより、してしまう感じだったのでは、と思う。

それは無意識だったかもしれないし、意識的だったのかもしれない。

但し、外に向けての気遣いが高いと、内=自分への気遣いが疎かになりがちになる。

そこに中園の矛盾というか、独りになる為の危険を伴う行動や、ものすごい量の絵を描くことでバランスを取っていたのかもしれないと感じた。

いい奴すぎるほど繊細であるのは間違いない。

そこに彼の作品だけでなく、中園孔二、本人の魅力がある気がする。

彼の話す姿からも、その事が伝わってくる気がする。


中園は高校2年の時に美大を目指し、現役で東京藝大の油画専攻に合格。卒業後に海で亡くなっている。

あれ、『ブルーピリオド』?


「ブルーピリオド」の作者・山口つばささんも現役で藝大油画専攻に合格。恐らく中園とほぼ同世代。

中園と主人公の八虎が少しだけ重なります。海で亡くなるのは主人公ではありませんが…

 東京現代美術館の4/6からの「MOTコレクション」で中園の高3の時の作品が展示されるようなので見に行こうと思います。





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