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超短編小説

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ショートショートを随時まとめています。※作品は全てフィクションです。
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2022年10月の記事一覧

【超短編小説】 風が吹いてきた

【超短編小説】 風が吹いてきた

秋らしくなった。

娘を迎えに行くと、どこからか金木犀の匂いがした。

「パパ、遅かったね」

「ごめんな、会社を出たのが遅かったんだ」

「今日は寒くなるんだよ」と言う娘の耳は寒さで少し赤くなっている。

「今日はシチューでも食べたいな」と私は夕飯のメニューについて話す。

「違うよ。今日はカレーだから」と娘は譲らない。

「そうか。だったらカレー作るか」と言うと、

「やったー」と両手を挙げな

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【超短編小説】 変わらぬ朝

【超短編小説】 変わらぬ朝

いつもと変わらぬ朝。

カーテンを開けて窓の外を眺める。

特に予定など決まっていない。

こんなに早く目覚めたところで時間を持て余すだけだ。

何もかも空っぽで、何もかも退屈であった。

しかし、考え方を変えてみると、

時間があるということは余裕があるということではなかろうか。

退屈であるということは何かしてみたかったことを始められるということではなかろうか。

そう考えれば、変わらぬ朝も悪

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【超短編小説】 白すぎる部屋

【超短編小説】 白すぎる部屋

「白。この部屋、白すぎですわ」

「はい、こちらは白すぎるお部屋になっておりまして、お住まいになられる方にはこの白さを保って頂いております」

「いやいや、どうやっても汚れますやん」

「そうですかね。住人の方はお掃除を丁寧にされ、お家にある物や身に着けられている物も白い物ばかりです。最近では住人の方なのか壁なのか分からなくなるほどです」

「いやー、流石にちょっと厳しいですわ。ツッコミどころ満載

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【超短編小説】 リンゴはどこに行った?

【超短編小説】 リンゴはどこに行った?

一粒の飴を口の中に放り込む。

甘いリンゴの味が口の中に広がった。

飴は私の身体の中に浸透する。

「あ、今、リンゴで満たされてる」

流れる血も胃の中もリンゴ色に変わっていく。

「たぶん、私の身体はリンゴで構成されているんだろうな」と

馬鹿げたことを考えながら、

口の中で転がした。

すると、だんだんと飴が小さくなって、

リンゴともお別れがやって来た。

「まだ、行かないで。ずっといて

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【超短編小説】 お早めにお飲みください

【超短編小説】 お早めにお飲みください

喫茶店に入る。

カラン、コロンという音が店内に鳴り響いた。

マスターは私を一瞥するとテーブル席へ案内した。

「いつもの」

私は珈琲を注文する。

マスターが豆を挽いている間、ケトルがぐつぐつと音を立て、湯気が広がった。

「お待ちどおさま」

マスターが珈琲を差し出した。

砂糖もミルクも入っていない漆黒。

ひと口飲めば、深いコクと香りが口の中に広がる。

ようやく、ひと息つく。

店内

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