【超短編小説】 風が吹いてきた
秋らしくなった。
娘を迎えに行くと、どこからか金木犀の匂いがした。
「パパ、遅かったね」
「ごめんな、会社を出たのが遅かったんだ」
「今日は寒くなるんだよ」と言う娘の耳は寒さで少し赤くなっている。
「今日はシチューでも食べたいな」と私は夕飯のメニューについて話す。
「違うよ。今日はカレーだから」と娘は譲らない。
「そうか。だったらカレー作るか」と言うと、
「やったー」と両手を挙げながら、分かりやすく娘は微笑んだ。
家に帰る途中、スーパーに立ち寄り、カレーの材料を買う。
確か、冷蔵庫に人参と玉ねぎは残っていた。
家に帰ると、手を洗い、鍋に火をかける。
向かいのドアの隙間から冷たい風が入って来た。
経営が厳しかった私の会社にも、ようやく良い兆しが見えてきた。
暗闇のトンネルに一筋の光が差した気がする。
「風吹いてきたね」と娘が呟いた。
「そう、風が吹いてきた。ドア、閉めようか」
カレーの匂いが家の中に漂う。
そろそろ良い風が吹きそうだ。(完)