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【読書感想文】『夜のくもざる』

春樹節全開の超短編集


【基本情報】

  • 作者:村上春樹

  • 出版年:平成10年3月1日発行/令和元年11月15日7刷

  • 出版社:新潮文庫(株式会社新潮社)

  • ページ数:249ページ

【感想】

私は村上春樹作品がすごく好きです。

なので長編や短編もほぼ読んでいます。
(最近のは読めてませんが…)

本作はイラストレーターの安西水丸さんの
可愛いイラスト付き。

シュールだったり
ほっこりする話だったり

癖の強いキャラクターが出てきたり
実体験っぽい話があったり
など

幅広い作風のお話が収録されています。

【印象に残ったキャラクター】

オガミドリさん

オガミドリさんはあだ名で
本名は鳥山恭子さんというそうです。

丁寧な対応と礼儀正しい敬語を使うので
周囲から高く評価されているオガミドリさん。

しかし、「僕」だけは
オガミドリさんのある秘密を知っています。

どんな秘密なのかというと…

渡辺昇(わたなべのぼる)

名前の由来は
本書のイラストを手がけている
安西水丸(あんざいみずまる)さんの本名。

ある時は鉛筆削りのコレクター
またある時はこたつのコレクター

…とマニアックな趣味を持っています。

でも誰かを取り違えてしまう
慌てん坊さんな一面も持っています。

インド屋さん

短編「インド屋さん」のキャラクター。

妙にインパクトが強いんですよねえ。

【印象に残ったエピソード】

コロッケ

仕事をしている「僕」の所へ
「お歳暮」だという女の子がやってくるお話。

「あのお、お歳暮なんですけど」とその女の子は小さな声で言った。
「あ、印鑑ね?」と僕は言った。
「いえ、違うんです。私そのものがお歳暮なんです」
「なんのことかよくわからないな」
「えーと、そのお、つまりあなたは私を好きにしちゃっていいんです。なにしろお歳暮ですから。K社のお歳暮係の人にここに来るようにって言われたんです」

『夜のくもざる』p36~p37

何だか青年漫画っぽい。

うなぎ

長編小説『ねじまき鳥クロニクル』の
ヒロインの1人・笠原メイが登場するお話。

笠原メイから電話がかかってきた時の
眠りから覚める「僕」のシーンの
文章がすごく好きです。

ビロードみたいにふわふわする温かい眠りの泥の中にうなぎやらゴム長靴やらと一緒にすっぽりもぐりこんで、まにあわせであるにせよそれなりに有効な幸せの果実を貪っていたのである。そこに電話がかかってきたわけだ。
りんりん、りんりん。
まず果実が消え、それからうなぎとゴム長靴が消え、最後に泥が消え、結局僕だけが残った。

『夜のくもざる』p66~p67

ビール

オガミドリさんが登場するお話。

礼儀正しく敬語を使いこなす
オガミドリさん。

しかし彼女には
酔っ払うと言葉遣いが乱暴になるという
裏の顔があったのです。

その時の様子がこちら↓

でもちょっとあとでオガミドリさんの、いつもとは違う奇妙に甲高い声が聞こえた。それはあえてたとえるなら、脇腹の皮を削がれて、そこに塩辛を塗りつけられたおっとせいが発するような声だった。でもたしかにそれはオガミドリさんの声だった。「うっっっせええなあああ。なんだなんだ、まったく、日曜の朝から。にっちょおおびくれえゆっくり寝かせろよなあ、ったくもお。なに電話?もおおおおお、タカオだろうが、どうせ。ちょっととりあえず先に便所いくよ、そう便所。あんなの待たしときゃいいよ。ゆうべビール飲みすぎて、もうこれタプタプしてんだから。……ん、タカオじゃないの。ええええ、やべえよ、それ。……まずいじゃんか。ばちばちに聞こえてるよ、これ」

『夜のくもざる』p128~p129

もちろん
ばちばちに聞こえてますよオガミドリさん(笑)。

その後、電話をかけた「僕」が
電話を切ったのは言うまでもありません。

グッド・ニュース

このお話は
ニュースの内容を締めくくるセリフの
ブラックジョークが効いていて好きです。

メキシコの大型タンカー「シエラ・マドレ号」が今日の未明千葉沖で原因不明の突然の爆発によって沈没しましたが、夜までに乗組員一二〇名のうち三五名が奇跡的に救出されました。救出された乗組員たちは口々に、海上保安庁による救助の、見事なばかりの手際の良さについての感嘆の声を上げておりました。よかったですね。捨てる神あれば拾う神あり、というのはこのことですね。

『夜のくもざる』p170~p171

見方を変えれば
まさに「悪いニュースはなし」ですね。

もしょもしょ

関西弁が癖になるお話。

「いやいや、何を水臭いことをおっしゃらはる。ほかならぬこのもしょもしょに謙遜なんかしはらんでもええやないですか」と言って、もしょもしょは顔の前で団扇みたいにぱたぱたと手を振った。「そいでね、こんなことしてひょっとして気をわるうしはるかもしれまへんけどな、これはまあ気持だけのお礼ゆうことで、よっしゃゆうて、そこんとこ気持よう受け取ってもらえしまへんやろか」
そしてもしょもしょは僕に紙袋を差し出した。のぞいてみると、なかにはくりゃくりゃが入っていた。

『夜のくもざる』p206

個人的に
「くりゃくりゃ」が一体何なのか気になります(笑)。

夜中の汽笛について、あるいは物語の効用について

ラストのお話。一番好きです。

ある男の子と女の子がいて

女の子が男の子に
「あなたはどれくらい私のことを好き?」
と尋ねます。

男の子は女の子に
「夜中の汽笛くらい」と答えます。

「でもそのときずっと遠くで汽笛の音が聞こえる。それはほんとうにほんとうに遠い汽笛なんだ。いったいどこに鉄道の線路なんかがあるのか、僕にもわからない。それくらい遠くなんだ。聞こえたか聞こえないかというくらいの音だ。でもそれが汽車の汽笛であることは僕にはわかる。間違いない。僕は暗闇の中でじっと耳を澄ます。そしてもう一度、その汽笛を耳にする。それから僕の心臓は痛むことをやめる。時計の針は動き始める。鉄の箱は海面へ向けてゆっくり浮かび上がっていく。それはみんなその小さな汽笛のせいなんだね。聞こえるか聞こえないか、それくらい微かな汽笛のせいなんだ。そして僕はその汽笛と同じくらい君のことを愛している」

『夜のくもざる』p237~p240

こんなふうに
誰かに想われていたら
すごくステキだなあと思います。

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