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「あー、さみい」
先輩がコンビニから戻って来て、助手席に座った。
差し出されたカレーパンの封をあける。
外では枯れ草が、風に吹き付けられている。

「動きはどうだ?」
「全くないですね、全く」

不法投棄が多いと聞いて、張り込みを続けている。
防犯カメラでも仕掛けられたらいいのだが、あいにくここは土手だ。
現行犯で捕まえるしかない。
私たちは少し離れた場所に車を停め、時が来るのを待っていた。

「今日は来ねえかなあ」
先輩がそう言った時だった。
黒い服の男がやって来て、あたりを見回しはじめた。

こいつが不法投棄の犯人だろうか?
しかし、手ぶらだ。
ゴミは持っていない。

怪訝に思いながら観察していると、そこに女が現れた。
年齢は30代後半くらい、体型はふくよか。
当てずっぽうだが、この街に住む主婦といった感じだろうか。

二人はあたりを気にしながら少し言葉をかわし、足早に去っていった。
最後に、男が何かを手渡した様に見えた。

まさか……、麻薬!?

「今なにか、渡しましたよね?」
「行くぞ!!」

先輩の決断は早かった。
私は男、先輩は女を尾行することにした。
これは、思わぬ事件に遭遇したのかもしれないぞ……。


慎重に跡をつけること20分、男は大きな民家に入った。
屋根の奥にある煙突からは、モクモクと煙が上がっていた。

まさかここ、麻薬の製造元か!?

だとしたら大手柄だ。
組織を一網打尽にできる。

調べてみよう。
今、逮捕できなくてもいい。
証拠だけでも掴むのだ。
私は内ポケットに忍ばせていた銃を握りしめ、恐る恐る廊下を歩いた。

と、そのとき奥の部屋から、男の笑い声が聞こえた。
どうやら二人いるみたいだ。
私はなんとか会話の内容を聞きとろうと、ドアに耳をつけた。

「今晩、港にブツが届きます」
「でかした。入金は済んでるのか?」
「はい、今回は150kgなので、4500万ほどでした」
「じゃあ、末端だと1億ちょいってとこか……。大口だな」

間違いない。
こいつら麻薬を輸入する気だ。
しかも、今夜だと!?
時間がない!
止めないと!

私は本部にメールを送り、状況を説明した。
そして覚悟を決めて、思いきりドアを蹴り破った。
応援を待っている時間などなかった。

「動くな!」

振り向いた二人の男。
驚いたのは、そこにいたのが先ほどの男と、陶芸家だったことだ。
ヒゲを伸ばし、えんじ色の作務衣を着ている。
机の上にはろくろがあるので、間違いない。

「警察だ! 手をあげろ!」

すでにこの時には、なんの事件が起きているのかわからなかったが、私は勢い任せにそう言っていた。

『ブツ』という言葉を聞いたので、良からぬものが港に届くのは間違いない。

「お前、つけられたのか?」
「すみません、気がつきませんでした」
「ちっ、バカヤロウが」

「いいから、手を上げろ!」

私が銃で威嚇すると、二人はしぶしぶ手をあげた。

「ここで何を作ってるんだ?」
「……」
「……」
「おい、お前、さっき女になにを渡した?」
「……」
「……」
「なんか言ったらどうだ!」

二人は目を合わせ、陶芸家は観念したような表情でうなずいた。
すると男はため息をつき、私に向けて、横に置かれた棚をアゴで指した。

黒い布がかかっている。
中を見ろということだろうか……。

私は銃を向けたまま、おそろおそる棚に近づき、布の奥に手を伸ばした。

ん?

この感触は……、馴染みがある。

取り出すと、出て来たのは茶碗だった。
さらに布をめくると、何百もの茶碗がびっしりと重ねて置かれていた。

問題は、その見た目だ。
どれも鈍く、黒く、光り輝いていた。

私はすぐにピンときた。
これは、不法陶器だ!!

法律で禁止された土で作られたもの。
この茶碗で食べると、あまりの美味しさに、もう白米しか食べられない体になってしまう。
こんなに米がうまい国で、こんな茶碗が蔓延したら、国民総メタボまっしぐらだ。
許せない……。

「まさか、ここが不法陶器の窯元だったとはな」
「もうあの女は終わりだ、ギャハハ」

男がそう笑った瞬間、私の頭に激痛が走った。
陶芸家が茶碗をぶつけたのだ。
血が額を垂れてくるのがわかる。

しかし銃を下ろすわけにはいかない。

「どした、おまわりさん。撃てよ」
「さっきまでの威勢はどうした?」

くそっ……。

先に手錠をかけておけばよかった。

撃つか?

いや、犠牲者は出したくない。

となると、残る選択肢はひとつ。

証拠に手を加えるのは気が乗らないが、仕方がない。
やるしかない。

バン、バン、バン、バン……

響き渡る銃声。

私は茶碗に向けて、何発も発砲した。

すると鈍い音をたて、重ねられた茶碗が崩れた。

「ぬうおおおお、私の作品がああ」
「田村さん、ダメです」

男が止めたが、もう遅い。
私は向かって来た陶芸家を一本背負いし、手錠をかけた。

「観念しろ!」
「ひいいいいい」

逃げ出した男は、玄関先で応援に来た仲間に逮捕された。

はあ……、助かった。

まさか不法投棄を見張っていて、不法陶器に行き着くとは……。
犯罪で言うと、レベルが違う。
エビで鯛を、いや、サクラエビで金目鯛を釣り上げた気分だ。
私のキャリアの中でも、大手柄の部類に入る。

先輩は、繁華街の路地裏で、茶碗で白米をバクバク食べていた女を現行犯で逮捕したらしい。

さて、一息入れたあと、港へ向かわないといけない。
なんせ150kgの違法土が、到着するからな。

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