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「父さん見て! 星が綺麗だよ」
『ほんとだな! 天の川も見えるぞ』
「すごーい。あそこで彦星と織姫が会うんだよね?」
『一年にいちど、七夕の夜にな』
「ろ、ろ、ろまんちっくだね」
『タカシ、そんな言葉知ってるのか』
「国語で習ったんだよ」
『そうかそうか、ちゃんと勉強してえらいぞ』

「あ、あれは何?」
 息子が指差したのは端の方、天の川が枝分かれした場所だった。
『あれはな、天の川のデルタだよ』
「デルタ?」
『ああ。三角州とも言うぞ』
「さ、さんかくす? どっちもわからないよ」
『簡単に言うと、川に運ばれた土砂が、河口付近に堆積してるんだ』
「へー」
『その先に星がいっぱいあるだろ? あれが天の海だ』
「あまのうみ? お相撲さんみたいな名前だね」
『タカシ、力士の名前なんて知ってるのか』
「体育で習ったんだよ」
『そうかそうか、ちゃんと勉強してえらいぞ』

「でも天の川には、土砂ないでしょ? 何が堆積してるの?」
『うーん、それはな……』

 私は息子になんて言ってやればいいのか考えた。

 先に口を開いたのは、息子だった。

「わかった! 叶わなかった願いごとだ! そこで叶えられるのを待ってるんだよ」
『そ、そうだな』
「じゃあ、僕の去年の願いごとも、さんかくすにあるんだね」
『ん? タカシは何をお願いしたんだ?』
「お父さんとお母さんの、喧嘩が減りますようにって」
『タカシ……』

 私はグッとこぶしを握った。同時に涙が出そうになる。
 子どもの前では喧嘩などしたことないつもりだった。
 しかしタカシが寝るたあと、リビングで言い争うことが多くなっていた。
 主に家事や子育てについての意見が合わないからだ。
 タカシ、知ってたんだな……。

「今年は叶うといいなあ」
『タカシ、ごめんな。お父さんが悪いんだ』
「ううん、どっちも悪い部分あると思うんだ。だからよく話し合ってね!」
『あ、ああ……』
「これはね、道徳で習ったんだよ」
『ちゃ、ちゃんと勉強してえらいぞ』

 私はこの言葉を聞いて、もう少し家のことをしてほしいという妻の意見に従うことを誓った。そのためには、飲みに行くのを少し減らさないといけないな……。

「お父さんは今年、何をお願いするつもり?」
『俺は、家族三人、幸せでいられますようにって』
「へー」
『これはな、タカシに教えてもらったんだ』

私がそう言って空をみると、遠くのほう、天の川の三角州はいっそう輝いていた。 

 ◇◇

「こら、ペットボトルはちゃんとゴミ箱に捨てなよ! 宇宙ゴミが増えるでしょ」
『うるせえテメエ、川に沈めるぞ』
「なんでそんな言い方なわけ? 一年に一回しか会えないんだよ? 優しくしてよ」
『じゃあ、俺のすることにいちいち口出すなや!』

「ねえ! 投げちゃダメだって! あんたがポイ捨てするせいで、あんなに溜まってんだから!」
『もっと、三角形になっててすごいね! とか夢のあること言えや』

「ちょっと! 怒りながらキスしないでよ」
『でも、好きなんだろ?』
「う、うん」

 今年も彦星は織姫を、ハチャメチャに抱く。

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