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僕とスイカ【エッセイ】

 数年前に行った単独ライブ当日、家を出る直前に荷物が届いた。実家からのダンボール。中を開けると様々な物の中に、スイカがひと玉入っていた。僕はスイカがとっても好きなのだ。それを知っている母親が、僕に食べさせようと送ってくれたのだろう。優しい。

 単独ライブが終わって、家に帰って来たら食べよう。そう思って冷蔵庫で冷やしておくことにした。だが、一人暮らしの冷蔵庫は小さい。おまけにパンパンに食料が詰まっていたので置き場に困った。冷凍することも考えたが、スイカが不味くなりそうで嫌だった。まあ、常温で置いときゃいいか。数時間くらい放置しても腐ることはないだろう。冷蔵庫の隣には洗濯機があり、服が上まで詰まっていた。その一番上、目に着くところにスイカを置いて家をでた。

 僕は一人っ子なので、小さい頃から誰の目も気にせずに、好きな食べ方でスイカを食べることができた。お気に入りは、半分に切ってそのままスプーンでほじって食べるというもの。足の間にゴミ箱を挟み、種はそこに捨てていく。途中でやめたくなったらスプーンごと冷やし、翌日キンキンのスプーンで続きを食べる。まさに自由。自由で下品で最高。さすがに友達が遊びに来ている時には、母親が別のスイカを三角形に切って出してくれた。おかげで汚い食べ方がバレずに済んだが、普段とサイズが違うので物足りなかった。

 そして僕がスイカが好きな理由は味だけではない。
 見た目も好きなのだ。

 緑ベースの皮の中に、赤い果実。熟れたら真紅になる。地獄に満ち溢れていそうな禍々しいレッド。外と中、あまりにも極端に色が違う。ミステリアス。初めてスイカを割った人は、そのギャップに驚いたに違いない。

 畑では『僕安全ですよ、害ないですよ』という顔してるのに、割ってみると真っ赤っ赤。とてつもなく腹黒そうだ。色んなことを企んでそうでドキドキする。スパイみたい。「スイカって実は、野菜なんだよ」と耳にするけれど、野菜たちがフルーツ界に送り込んだスパイではなかろうか。そう考えると「お前スイカみたいな奴やな」っていうのは、なかなかの悪口に聞こえてくる。

 そういうキャラクターは、現実には会いたくないが、物語の中では最高の味を醸し出す。身内の敵という設定。最後の最後まで隠れておいて、後ろから味方を打つような奴。

・ライバルに嫌がらせをするチームメイト
・実はヒロインと付き合ってる親友
・敵から賄賂をもらって寝返るヒーロー
・政府に入り込む麻薬組織
・出世した企業スパイ

 聞いただけでドキドキするし、ドラマが膨らんでいく。現実では会いたくないが、物語を作る上で「スイカみたいな奴」がいたら厚みが増す。なぜそいつがスイカになったのか、考えるのも面白そうだ。

 他にもスイカの好きなところがある。
 その壊れっぷりだ。「絵になる」とはこういうことなのかな、と思ったりする。映画「マジェスティック」は、西部劇の名俳優チャールズ・ブロンソン演じるスイカ農家が主人公だ。物語の途中で、チンピラとのいざこざから自分のスイカ貯蔵庫を襲われる。そこでチンピラが、何百もあるスイカをマシンガンで破壊するシーンがあり、見ているだけで最高の爽快感を味わえる。そしてブロンソンはスイカの恨みを晴らすべく、チンピラオヤブンとの最終決戦に望むのだ。数年前にみた映画だが、スイカを破壊するシーンだけは強烈にまぶたの裏に刻み込まれている。

 ちなみにそのシーンがこちらだ↓↓

 爽快でしょ?

 話を戻そう。単独ライブは無事に終了した。そこから反省会を兼ねての打ち上げに参加した。相方や作家さんたちとアンケートを読みながら盛り上がった。毎度、単独後の開放感は言葉では表せないレベルで、全てのしがらみがなくなる。「ここでこのセリフだけは必須」とか、「ここは時間的に伸ばせない」とか、そんなことを何にも考えなくて良くなる。そして酒がすすむ。その日もたくさん飲んで、酔って、終電で帰った。疲労と酔いで、すぐ横になりたかった。足の裏も痛いし、外は暑いし、フラフラだった。コンビニで買い物して、何とか家にたどり着いて、汗だくの服を脱ぐ。洗濯機に押し込む。スイッチ、オン。そのままベッドに倒れこんで、死んだように寝た。

 朝、目覚めると甘い匂いがした。スイカだ。完全に存在を忘れていた。おそらくその重みで洗濯機のなかの服を押し下げ、見えない位置に行っていたのだろう。昨夜のフラフラな僕の視界には入らなかった。そしてスイッチを入れた時点で、負けは確定していたのだ。
 洗濯機を開けると、粉々に粉砕された残骸と、散らばる種。赤く染まった白シャツたち。最悪の結末を迎えた。スイカは好きだけど、スイカ染めの服を着て街を歩きたいわけじゃない。僕は冷凍庫から昨日の帰りに買っていたスイカバーを取り出し、食べながら、小一時間ぼーっとしていた。不幸中の幸いは、洗濯機が壊れなかったことだけだ。それ以来、僕はスイカが少し苦手になっている。これもスイカの陰謀なのだろうか。


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お読みいただきありがとうございます。
今年も相変わらずスイカ食べております。

こちらは5月に書いた、スイカのショートショート。
超短いので、ぜひ^ - ^


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