花たばになる
こんなはずじゃない自分を生きていました。
ふとしたしぐさを白い目で見られる気がして、わたしは自分を隠しました。
しゃべりかたを陰で笑われる気がして、だまってうつむいて過ごしました。
まわりのひとをわたしはにくみ、だれもかれもきらいになったら、自分がいちばんきらいになりました。
毎日が暗闇でした。
闇を打ち消す光がほしい。
けれど光はどこからさすの?
わたしはわからないまま、そことしもなくさまよいました。
ママから電話がかかってきたのは、そういうある日のことでした。
話にのぼっていた実家の取り壊しが、ついに決まったというしらせです。
宝ものあったらとっときなさいよ。みんな処分しちゃうんだから。
何年かぶりに足を踏み入れた自分の部屋は、半分物置みたいなありさまです。
リリアンの糸……いらない。
修学旅行の写真……いらない。
渡せなかったラブレター………いらない。いらない。
いくら机の引き出しをかきまわそうと、宝ものなんか見つかりません。
せめて小銭でも出てくればおもしろかったのに……宝さがし終了かな。
あきらめて引き出しをしめようとした瞬間です。
「あれ?」と声がもれました。
わたしの目に入ったのは、表紙の色あせた一冊のノートで――
八月二十五日 はれ
夏やすみももうすぐおわり。
そういや子どものころ、気まぐれで日記つけてたっけ。
それにしても、たまたまひらいたページが今日の日づけなんて、ちょっと運命的じゃない?
お庭のさるすべりはぐんぐんのびて、いっぱい、いっぱい、花がさいてる。
あかるいピンクの花の枝が、ぽんとぼくの肩をたたきそう。
ママに枝をちょっぴり切ってもらって、かわいいリボンでむすんだら、ハートの花たばのできあがり。
ぼくはそれをもって、カンちゃんのおうちに行ってきた。
カンちゃんは足の骨を折って、きのう退院したばかり。
ぼくが花たばを見せると、カンちゃんは「そんなもの、女みたい。やなこった。かざるなんて」とこわい顔をする。
「でもね」と、ぼくはカンちゃんに言った。
「朝顔よりホウセンカより、ずっとあざやかでまぶしくて、いちばんカンちゃんらしいお花なの」
カンちゃんはちょっと考えて、「いいね、オレらしいっていうの」とやさしい顔にもどった。そして、花をコップにかざりながら、「松葉杖いらなくなったら、さるすべりにのぼらせてくれる?」と言ったから、ぼくはびっくり。だって、カンちゃんは木のぼりで落ちて骨を折ったんだもの。
「サルもすべる木なんだよ」と教えてあげると、カンちゃんは「ヘーキヘーキ。オレらしいチャレンジするんだい!」と元気に笑った。
そとへ出たら夕やけで、金色の空がほんとにきれい。
ぼくらしい花はどこにさいてる?
ぼくらしいチャレンジってなんだろう?
わくわくする心といっしょに、ぼくはかけ足でおうちにかえった。
これがわたし?
おさなくてやさしくて澄みきって……。
それにひきかえ、いまのいじけたわたしはなに?
わたしは恥ずかしいような気持になり、日記を引き出しにもどそうとしました。
けれど、もう少しだけ昔の自分に逢いたくて、おしまいに近いあたりをひらいてみました。
一月六日 うすぐもり
おばあちゃんとカルタのとりっこをしてたら、玄関にお客さんがきて、ママとお話してる。
なんだかカンちゃんの声もきこえる気がするので、ぼくは階段の上からのぞいてみた。
そしたら、カンちゃんのお母さんがカンちゃんのあたまをおさえておじぎさせてる。「ちゃんとあやまりなさい!」って。
ぼくがおりていったら、カンちゃんはお母さんのうしろにかくれちゃった。
カンちゃんは、きのううちへ遊びにきたとき、つくえに出しっぱなしのぼくのお年玉をないしょでもっていったんだって。
「そとであそぼ」とぼくはカンちゃんをさそって、おもてに出た。
ついてきたカンちゃんはしょげてたけど、公園でぼくが「あの木にのぼってみせて!」と葉っぱの散った木をゆびさすと、「よっし」と言って、するするのぼった。そしてカンちゃんは高い枝に立って、「ごめん」とお年玉のことをあやまってくれた。
「いいの」とぼくが言うと、カンちゃんは木からとびおりた。
ぼくは元気のもどったカンちゃんがすきになった。
すこしもにくまなかった自分もすきになった。
カンちゃんとぼくのあいだに、まっ白できれいな雪がちらちらとまいおりた。
ぱたんと日記をとじて胸に押しあてると、日記のなかのわたしが、いまのわたしのなかで、もくもくと明るい雲のようにひろがってゆきます――
あなたはわたし
わたしはあなた
わたしはわたし
ふたつの声は響き合い、やがて心でひとつになりました。
引き出しの奥で待っていてくれた宝もの――それは、わたしという変わらぬ花。
そうだ。わたしは花たばになろう。
愛する気持とゆるす気持をリボンでむすび、ハートの花たばになった自分をささげよう。
それをわたしのチャレンジにしよう。
カンちゃんに渡せなかったラブレターを日記にはさんでかばんにしまうと、ぱっと明るい光がさしました。
窓の外を見たら、二階にとどくほど育ったさるすべりが、花ざかりの枝をゆっくりとゆらしています。
あの木は切らないでね――
ママにお願いしなきゃ。
そのとき花びらのように降ってきたのは、自分を好きになれそうな予感でした。
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