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最初に人を信じる時代から疑う時代へ

とくに日本人の日本人に対する感覚は、初対面の人でもある程度信じた上で話をするという感覚だと思います。
とくに私のように古い人間は、人を信じるし、信じたい・信じていたいと思うほうでしょう。
仕事をするにしても、能力より信頼関係のほうを大切にするでしょう。

しかし、人と人との直接的なコミュニケーションが少なく、常にメディアを介して意思疎通をするような世の中で、
しかもこれだけ世の中にフェイク情報が増えてくると、信頼関係を構築するのが非常に難しいと感じます。

フェイク情報が増えると、初期の段階では人間の行動は3つに分かれるだろう。

1. そのまま信じる
2. 常に疑う
3. 自分の目で確かめる

やがて信じる人は減っていき、疑う、さらに自分の目で確かめようとする人が増えるだろう。
メディアは完結せず、きっかけを与えるだけの価値に留まるだろう。

EXPわくいのX投稿より

Z世代のような若い人々は初対面の人をあまり信じていないのではないか?と思うことがあります。そこが私のような古い人間と違うところかもしれません。

Webサイトの .htaccess に書くセキュリティに関するコマンドで例えると、

1. すべてのアクセスを許可したうえで特定のアクセスを拒否する

→ 昔の対人関係

order allow,deny
allow from all
deny from 〇〇

2. すべてのアクセスを拒否したうえで特定のアクセスを許可する

→ 今の対人関係

order deny,allow
deny from all
allow from 〇〇

という感じかなあということを、よく思っています。

まとめ

人間自身を信じたいという気持ちは、昔も今も変わらないと思いますが、コミュニケーション手段が大きく変わっています。
そのうえで、どのようにして人間同士の信頼関係を築くか?ということが、これからの、とくにAIの世の中の課題となるでしょう。

一つの手段として、先のつぶやきのなかにあった「自分の目で確かめる」ということがあるでしょう。
実際に人に会って、自分が直接問いかけをしてみるとか、
相手をよく知っている周辺の人たちからの話を聞いてみるとか。

忘れ去られようとしているコミュニケーションの在り方が、これからは逆に確からしいものとして位置づけられていくでしょう。

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