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隣のアイツは何してる?~ラボインタビュー vol.9 金文ラボ

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東京学芸大学Mistletoeが取り組む新たな教育の試み、Explayground(エクスプレイグラウンド)。
Explaygroundには、子どもたちや学芸大を始めとした各大学の学生、教職員、地域住民などが参加し、今後、企業や行政などとの共同研究の核となっていく「ラボ」が多く存在します。
しかしラボにおける活動も、コロナ禍による影響を大きく受け、大幅に制限されたり活動自体を休止したりしています。
でも、何事にも学びはある。
第9回は、「金文(古代漢字)ラボ」の下田 誠先生に話を伺いました。

金文ラボは、古代漢字の解読を通しての当時の社会を理解していく、新しい漢字の発明などなど、漢字の多様な可能性や未来を考えていく活動をしています。

●まずは金文ラボを始めたきっかけを教えて頂けますか?
純粋に「金文(きんぶん)」に関心を持ってもらいたい、知ってもらいたいと思ったのが一番のきっかけです。金文とは青銅器に鋳込まれたもしくは刻まれた文字のことです。基本的には制作段階で鋳込まれている文字で、中国の古代、今から3、4千年前の時代に作られたものになります。
研究者以外にも関心を持って欲しいのは、金文は漢字の起源、漢字の祖先の1つなんですね。なのでそこを是非一緒に探究していければ楽しいのではと思ったからです。実際このラボとは別の活動として、金文の基本書の翻訳や、金文が生まれた時代の研究などもおこなっています。

●実際に活動を始めてみていかがでしたか?
集まったメンバーで色々と話し合っていたら、金文ではなくて明治維新前後の時代に使われていた漢語である「近代語」に対してお互いの関心が高いことがわかりました。
江戸時代後期から明治の最初の頃にかけて、英語やフランス語、ドイツ語などが一気に入ってきて次々と翻訳されました。当時の偉人たちがそれらの言葉を翻訳する際に、これまでの漢語や漢文の知識を総動員し色々と言葉を考え、「近代語」として定着していく過程をメンバーで一緒に調べて議論しているというのが現状です。

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●金文をキッカケとして近代語の探究とすごく広がっているんですね。最近の活動で何かトピックはありますか?
そうですね。近代語を研究するのに便利な辞書やWEBサイトがあまりないので、自ら作り始めました。「社会」「自由」「公民」など近代語と呼ばれる単語を一つ一つ入力し、出典などがわかるようまずは広く浅くを目的にデータベース化しています。
もうひとつはWikipediaに「近代語」というページを作りました。これはメンバーがやってくれたのですが、自分にはこういう力がなかったのですごく驚きました。近代語は本学(東京学芸大学)にも研究者がいらっしゃいますし、専門家による研究会もあるのですが、まだこういった文献やネット上の情報が少ないので、それを作るところも楽しんでいます。

また附属世田谷小学校の「世界につながるラボ」と一緒の活動もさせていただいています。子どもたち向けに十干十二支のことを、中国語や韓国語、英語そして日本語で比較してお話ししたりしています。
これからの活動として一つは、近代語の研究者にインタビューをさせて頂こうと思っています。コロナ禍における活動の変化は対面でおこなっていた勉強会がオンラインになったことくらいですね。オンラインだとどこからでも参加できるので現時点で特に不都合はないです。

●ラボ活動を始めてよかった点や、その後活動をしていて感じた醍醐味などを教えてください。
知識豊富な中年層と話している時間は、皆さん自分の視点でご発言されていて、すごく楽しい時間です。ただもっと若い方の仲間を増やしたいと思っています。ちなみに一番若い方は学生メンバーになります。

●すみません。さっきから、おじさんたちが漢字を並べてどんな話をしているのかなあと思いながら、ずっと聞いています。具体的な活動場面のイメージを少し教えて頂けますか。
そうですね。最近の勉強会は、毎回言葉を一つ二つに絞り、その言葉の成り立ちについて探究するスタイルでやっています。
例えば「会社」「社会」という言葉を取り上げた時の話をさせて頂きます。「会社」と「社会」って、漢字をひっくり返しただけじゃないですか。
だからその訳し方はなかなか定着せず、明治10年(1877年)ぐらいから固まってきたと言われているんですね。1886年にヘボンという人が和英辞典を作ったのですが、「company 」については「仲間、社中、組、連中」とともに「会社」の訳語が、「society 」についても同じく「仲間、組、連中、社中」とともに「社会」の訳語があらわれます。当時においてなお「会社」と「社会」は似た意味のようです。とはいえ、大体この前後の時期に外国語の翻訳の骨格は固まってきたみたいです。
このような「初めて誰がこうしたか」と「社会の中で定着するまでどのような意見があったか」の二つを、色々な本を総動員しながら調べていくイメージですね。

ラボは僕の講義の場ではないので、これらの探究をそれぞれ自分の持っている知識や、調べていること、ちょうど今読んでいるものなどを引用しながら、お互い言い合って何か新しい発見があったりとか、「実はあれどうなの」みたいな感じで話つつ、慌てて色々とまた調べたりとかしています。どんな本を使っているかというと、成城大の先生である陳力衛さんの「近代知の翻訳と伝播 漢語を媒介に」や、加藤周一さんと丸山眞男さんの共著「翻訳と日本の近代」であったりですね。

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●なるほど。ちゃんとわかったかどうかわかりませんけど、参加者の人たちがすごい熱意を持って探究しているっていうのはすごく伝わってきました。
適切な表現かどうか分からないんですけど、歳を重ねてというんですかね、そうするとだんだん自分の来歴というか自分の国の元々というか、あるいは自分の言葉とかそういうものはいろいろと気になってくる。
たぶんこれって多くの方が、私たちみたいな大学教員も含め、だんだん気になってきたりするんじゃないかなっていう気はしています。

●多分、プロセスが楽しいんですよね。文字という題材について、何かみんなでワイワイがやがや「こういうもんじゃないんか」とディスカッションをする。話を伺っていて気になったところは、話題を決めるときにルールとかあったら教えていただけると嬉しいです。
もうほんとその通りだと。今ご指摘いただいた「プロセスを楽しんでいる」というところかなと思っています。
言葉の選び方はですね、研究書に日本独自で発明された造語一覧がありまして、今はそれの順番でやっています。「会社」「市場(マーケット)」とかですね。

●先生が今後、企んでいらっしゃることとや胸に秘めているネタとかありましたらぜひ。
学芸大は教育の大学ですので学習教材を作ってみたいですね。今、子供たちに大人気の「うんこドリル」という学習教材があるのですが、私の子どもは電車が大好きなので、それを模して「電車ドリル」を作ってみたいと思っています。漢字には一つひとつに語源がありますので、例えば1年生から6年生の教育漢字とかで作り、一つひとつの漢字の来歴を考えてみるといいかなとか。

●最後に。先生にとって『金文』とは何でしょうか?
何だろう金文って。 探究の源泉であり、気づきの宝庫でしょうか。事実上、自分は今かなり漢字や言葉(言語)に関心が向かっており、その意味では金文ラボではなく、〈漢字ラボ〉や〈言語ラボ〉なのかもしれません。
一方、ラボ名が〈近代語ラボ〉や〈翻訳語ラボ〉でないのはなぜかというと、もし〈近代語ラボ〉や〈翻訳語ラボ〉であれば、「『社会』という近代語は、societyに対応する言葉で、当初『仲間・交わり・一致』と訳しており、1872年の『自由之理』(中村正直著)では『仲間/会社』と訳していた」といったことを知れば十分でしょう。

しかし、私の関心はそれで終わらず、明治10年頃以降「社会」がsocietyの定訳になったとして、それならそもそも「社」の語源は何か、「会」の語源は何か、「社会」という漢字の組み合わせは中国の古典にあったのか、いつ・だれが・なぜ、この二つの漢字を組み合わせて(または造語して)societyの意味としたのか、古典籍にあったとすれば、どのような意味で使用されていて、古典の「社会」はsocietyと意味は一致しているのでしょうか、というように問いがどんどん展開するのです。さらに、できあがった「社会」はその後中国に逆輸入されます。重要な社会科学用語については、日本から中国にもたらされたものも多いのです。以上からすれば、私たちの議論のパースペクティブは、日中双方の近代思想史・学術史なのだと言えます。

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私はもともと青銅器、とりわけ西周時代の祖先祭祀に使用する青銅の鼎(かなえ)や𣪘(き)などの器(うつわ)が好きで、青銅器に魅せられて、さまざまな事情もあって自分の直接の専門は戦国時代(およそキングダムの時代)となりましたので、青銅器に鋳込まれた・刻まれた文字=金文は、私にとってスタート地点です。

スタート地点であり、探究の源泉であり、気づきの宝庫。これが「下田にとって金文とは何か」への現段階の回答でしょうか。

(了)

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インタビュアー:Explayground
編集:フジムー、ミーコ
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●これまでの連載
vol.1 変人類学研究所
vol.2 codoschool(こどスクール)
vol.3 Edu Coaching Lab
vol.4 EXPitch
vol.5 武蔵野らぼ & グローカルジオラボ
vol.6 授業研究ラボ「IMPULS」
vol.7 VIVISTOP GAKUGEI準備室
vol.8 東京学芸大学ヒューマンライブラリー 


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