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あいうえおnote【い】

「いらっしゃいませ〜」
店内には、はっとするような鮮やかな青が広がっていた。


インディゴ・ブルー


岡山から電車に揺られて20分。初めて降り立った町は、国産ジーンズの発祥地だった。

ふらっと立ち寄った店内は、ジーンズやエプロン、バッグと、様々なデニム商品が飾られていた。

「綺麗な青...」
「"インディゴ・ブルー"って言うんです、その色」

思わず漏れた感嘆の声に反応した店員さんが、教えてくれた。

「インディゴ・ブルー」
「そう。藍染の染料が、インディゴって名前で」
「へえ〜。そうなんですか」

平日の昼間だからか、店内に僕以外の客はおらず、僕が適当にあしらわなかったのを見て店員さんは更に話し始めた。

「ご旅行ですか?それともお仕事?」
「うーん...どっちも?実は僕、写真家をやっていまして」
「まあ、素敵」
「でも最近、満足のいく写真が撮れなくて。だから気分転換の旅行も兼ねて、ここに来たんです」
「そうだったんですね」


岡山を選んだ理由は、特にない。ただなんとなく、海を見たら何かが閃くんじゃないかという考えで、瀬戸内海に面したこの町を訪れた。残念ながら今のところ、まだいい写真は撮れていないのだけど。


「ところで、なんでこの辺りはデニム産業が盛んなんですか?」

下調べも何もせずに来たので、この町のことを何も知らなかった。地元のことは、地元の人に聞くのがいちばんだ。

「この町は、瀬戸内海に面しているでしょう。だから土が塩分を含んじゃって、稲作に適していなかったの。それで代わりに綿花を栽培して、繊維産業が発達したってわけ」

「なるほど。当時の人の知恵ですね」

自分には何ができて、何ができないのかを見極めるのは、生きる上で重要で、だけどとても難しい。僕らには想像もつかないような苦悩や葛藤があったのだろう。そしてその結晶が、今僕の目の前に広がるインディゴ・ブルーだ。
そう考えると、この鮮やかな青色により深みが増した気がして、僕はそっとデニムを撫でた。


「よかったら、工房見て行かれます?」


店員さんが階上を指差して、僕に微笑んだ。


工房のデスクに置かれていたのは、色とりどりのボタンやワッペン、そしてこれからお店に並ぶのであろう、商品たち。「お好きにお写真撮ってくださいね」という店員さんの言葉に甘え、夢中でシャッターを切った。

「この町には、本当にいろいろな『青』が溢れているでしょう」
「本当ですね!同じ染め方をしているはずなのに、それぞれ少しずつ違う色で...」
興奮する僕に、店員さんは笑ってカーテンを開けてみせた。

「あら、あるのはデニムの青だけじゃないのよ?」


そこから見えたのは、澄み切った青空と、その空へと続く水の青だった。

「わ、あ...!」
あまりの美しさに言葉を失った。なんとかこの風景をカメラに収めようと、窓際に駆け寄って何度もシャッターを切る。もう居ても立っても居られなかった。

張られた水は空の青と雲を映し出し、海にも、空にも、その先のもっと遠くへまでも続いているように見えた。


・・・


階段を降りると、店はもう閉店の準備をしているところだった。

「あら、もういいんですか?」
「はい。遅くまで本当にありがとうございました。こんなに夢中でシャッターを切ったのは久しぶりでした」
「それはよかった。素敵な写真、たくさん撮れるといいですね」


デニムジャケットを1着購入し、店員さんに別れを告げる。早く撮れた写真を現像したくてたまらない。

今なら、東京に帰ってもきっとまた素敵な写真が撮れる。そんな確信があった。たくさんの美しい風景を収めたカメラと、買ったばかりのインディゴ・ブルーを抱え、来た時よりも随分と軽くなった気持ちで青に溢れた町を後にする。


ありがとう、岡山。きっとまた来ます。


Spacial Thanks
photo by H
my precious friend


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