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テキストをカラテする

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テキスト創作の成果物とその紹介
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記事一覧

我が背の春よ

我が背の春よ

 厳冬の大地に紛れる私の白い被毛は、遠目の追手を躱すに向いている。背に跨るバナルは、しゃくりあげながら、私の進むに任せていた。

「父さん、大丈夫かな」

 鼻をすすったバナルが、手袋越しの幼い手で私の額を撫でる。私は返事の代わりに、額から突き出る六角柱の結晶を光らせた。我々角犬のオスは角の大きさで序列を決める。私は特別に立派な角と体格を持つ角犬として創られ、そのおかげでここまで逃げ延びたというの

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古木の番

古木の番

 甘い香の匂いが汗で消え、合わない沓で踵から血が滲む頃、マホは、山の祠に辿り着いた。刺繍が入って重たい花嫁装束から手を放し、深く息を吸う。紅樹独特の胸がすく香りが、病んだ肺に満ちる。おまえには、この匂いが薬になると、姉はよく言っていたものだ。

「大丈夫だよ、私は幸せだから。あなたも体を治して、どうか幸せに」

 山の加護と引き換えに、ヌシに差し出す「つがい」が姉に決まった。里の衆が報せと「誠意」

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ないものばなし「食べる本屋」

ないものばなし「食べる本屋」

 ご存じの通りふくろうなので、都会からやや離れた場所に住んでいる。夜静かなのが良いけれど、車がないと不便なのは、やや困る。ふくろうにも車はあった方が便利だ。

 ただ、不便と引き換えに楽しい出会いがあって、この間、散歩の途中に面白い店を見つけた。その店に初めて訪れた時の話をしようと思う。

 縺励の↑縺?悄蝨ーにある、「たべる本屋」。喫茶店だ。レトロな外観で、木製のスタンド看板によれば「お好きな本

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【短編小説】山野辺ゆきみと篠井研/冬

【短編小説】山野辺ゆきみと篠井研/冬

 始業式のあと、下駄箱で靴を履き替えたけんちに「よう」って挨拶したら、けんちは最初、知らない人用の顔でアタシを見た。それから、「は?」って言って、目をパチパチさせた。

「べゆみ、髪」

 アタシの髪は、肩甲骨にかかるぐらいあったんだけど、新学期が始まる前に、耳が隠れるぐらいに揃えて切っちゃった。

「なん……なにそれ」

 アタシが自分の長い髪が大好きなのを、けんちは知ってる。

「姉ちゃんとケ

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【短編】庸川姐妹、再会に遊ぶ

【短編】庸川姐妹、再会に遊ぶ

 汎州は胡門府、庸川区。幅広の川による水運で豊かな土地は人の流れも早く、栄える街独特の揉め事も多い。

 そうした揉め事を解決する街の顔役のひとつに、馮家がある。あまたの食客を抱え、赴任してくる官吏よりも重んじられる一家である。

 その馮家の末娘である馮夏杏は、川沿いの森で木の幹を蹴って、人影を追っていた。

「返せえ!」

 数丈先の相手に大きな声を張り上げ、夏杏は、真新しい剣の鞘を握りしめた

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山野辺ゆきみと篠井研

山野辺ゆきみと篠井研

 学校帰り。

 校門前でわたしを呼び止めたべゆみと、がんセンターの真ん前にあるデイリーヤマザキで買ったアイスを食いながら、川沿いの遊歩道をだらだら歩いている。やすらぎ堤とかいうのんきな名前だけど、わたしとべゆみがここを歩くのは、あんまり楽しいことがない時だ。

「あー、姉ちゃんの車どっかで壊れねーかな」

 べゆみは学校指定の鞄を振り回す。わたしはそれを足を止めて避ける。べゆみの担任は置き勉禁止

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【逆噴射小説大賞】2021年投稿作品まとめとセルフライナーノーツ

【逆噴射小説大賞】2021年投稿作品まとめとセルフライナーノーツ

あわいのデバッガーズここ2年ぐらい、RTAとか古いゲームのプレイ動画やゲームに関連するフィクションをとても楽しく摂取してたので、それを吐き出した次第です。書くときにあんまり迷わなかった。ツッコミする一人称、悩まずやれるので楽。

タイトルがとても好き。舞台の都市でもあるし、「間の」とも読めるし。実際後者で読んでもらったのでガッツポーズしました。

最初はオンゲのギルメンが上がり込んできたって話にし

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飛盗千里

飛盗千里

 夏だと言うのに、廟には紙銭の雪が降っていた。

 その雪を無遠慮に踏みつけ、《飛盗千里》墨火間は棺の前に立つ。弔問客たちは、盗人風情が堂々と、それもしたたか酔って闖入した事に、驚きと怒りを露にした。

 目元が酒精で赤く染まる火間は、片手で三升入る酒甕をあおる。酔いでもしなければ、この場に立つことすらできなかった。

「……趙孤舟、趙大侠よ」

 火間は豪奢な棺を甕で殴った。馥郁たる青竹の香りが

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あわいのデバッガーズ

あわいのデバッガーズ

「あのォ、ここ、無敵のアレイさんの事務所っすか?」

 自宅兼事務所のインターフォン画面に、IKEAのクソでかい青鞄を肩にかついだ、ニットワンピース姿の赤鬼が映っている。

 新手のバグか?

 無敵のアレイ、こと、私、坂本亜鈴はボンヤリそう思いながら、口から現実的な警告を発した。

「警察呼びますよ」

「待ってくださいっす! ちょっと待って!」

 赤鬼がそう言いながら、IKEAのクソでかい鞄

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【2021年9月最新】なんか作るマンとしては何をしているのかという話

【2021年9月最新】なんか作るマンとしては何をしているのかという話

逆噴射でフォローいただくこと増えたので、noteのお題トークをする。自己紹介です。

雑に言うと、手先を動かすのが好きなので思いついたことはとりあえずやってみる、という作り方でやっています。

基本のフィールドは小説、あとはやってみたい事をやってみる姿勢なので、プラ板、アイロンプリントT、刺繍とかで二次創作していました。

二次創作はニンジャスレイヤーが一番多いのでマガジンにまとめています。

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青島Capriccio①悪食ハンス

青島Capriccio①悪食ハンス

 アルプにも好みの味は色々あるが、ハンスは特に、困り果てた若い女だけが持つ、鋭い苦味を愛していた。

 その悪食が災いし、悪い卦に当たることあまた。今回もそうらしかった。

「僕は帰るぞ。好きに始末をつけ給え」

 幼い美貌に似合う冷たい声で言い残し、ハンスより2世紀(ふたまわり)年上の朋友、ドミニクは窓から逃げた。この朋友は、ハンスを必ず一度突き放す。ここが膠州湾租借地と呼ばれる頃から、ずっとこ

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【PR】P-PingOZアカウント開設のおしらせ

【PR】P-PingOZアカウント開設のおしらせ

お手伝いしているP-PingOZのnoteアカウントができました。

オッケー貰えたので、noteでは過去作品のアーカイブを進める予定です。地図とか、過去作成したポスターなどもアーカイブできたらいいな! って感じです。今のところ隔週くらいで過去作品を上げる予定で稼働させます。現行の連載に追い付いたら分からん……ノープランです……

noteから直でアクセスできる方が層に届くように思うので、届いてほ

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好きな商用フリーフォントの話/漢字あり

好きな商用フリーフォントの話/漢字あり

だいぶ前に「好きなフォント紹介したいなあ」っていう話をしていたので、それ。自給自足型なので、あれこれ落として触っている中でとても頼りになるフォントの話です。

サムネイルの鉄瓶ゴシックは「フォントな自由」で配布されています。ちょっと歪んだ感じが好きなのでデカく使うといいやつ。

紹介を兼ねて、unsplashで探してきた適当な写真に、好きなフォントを好きな感じで配置しています。

うつくし明朝体

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シトロエンの孤独

シトロエンの孤独

 「ああ……海の匂いだ」

 鉛色の雲が垂れ、松の防砂林は昼だというのに日暮れの影を落とす。女がハンドルを握る黒いシトロエンは、古い映画のような色彩の中を疾駆する。助手席の男は何も言わなかった。

「相変わらず錆臭いなあ」

 女は分かっていた。錆びの匂いは、海浜公園の遊具や野球場のフェンスが、潮風で緩やかに殺される匂いではない。

「あんたと出かけると、いっつもしまらなくて笑っちゃうよね」

 

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