あわいのデバッガーズ
「あのォ、ここ、無敵のアレイさんの事務所っすか?」
自宅兼事務所のインターフォン画面に、IKEAのクソでかい青鞄を肩にかついだ、ニットワンピース姿の赤鬼が映っている。
新手のバグか?
無敵のアレイ、こと、私、坂本亜鈴はボンヤリそう思いながら、口から現実的な警告を発した。
「警察呼びますよ」
「待ってくださいっす! ちょっと待って!」
赤鬼がそう言いながら、IKEAのクソでかい鞄から金棒を引っこ抜いて振りかぶった。やめろやめろ本当に警察沙汰だぞ。次指導入ったら業停食らうんだぞ。
ごつん、と、良い音がして、画角の外で何かが倒れる気配。
「バグがいたっす!」
「……ありがと」
反射的に時計を見る。5時過ぎたから、明日バグ課に電話しなきゃ……
もう14年前になる。私の暮らす「あわいの市」は、バグの温床になった。
最初はトマソンが増えたな……ぐらいに思ってたけど、そのトマソンのひとつが「あわいの第二中学の南階段を後ろ向きに30歩以下で登りきったら辿り着く場所」で、本当にやったバカが転落して初めて危機が認知された。
ちなみに、当のバカはそのバグで無敵になってしまったので、全然元気だ。私のことだ。
他にも、浮いたまま動ける、壁を抜けられる、無からエナドリが無限に出てくるなんて人間もいる。たまに、おかしくなって、周囲に危害を加える生き物もいるけど、これもバグなので、潰して良い。多分、赤鬼が潰したのはそれだ。
「で、何しに来たの」
「デバッガーの研修っす! 体使うとこが良いっていったら、ここ紹介されたっす」
赤鬼はデバッガー免許を突き出した。岬あかり。そういや、バグ課からそういう名前の子が来るって連絡あったな。
「岬さんのバグは、どういうやつなの」
「ウチは寝て起きたら残機が99に増えてました! 今の残機は70っす!」
触れられなかった外見と、消えた残機については聞くのを止めた。
「とりあえず入って」
【続く】