我が背の春よ
厳冬の大地に紛れる私の白い被毛は、遠目の追手を躱すに向いている。背に跨るバナルは、しゃくりあげながら、私の進むに任せていた。
「父さん、大丈夫かな」
鼻をすすったバナルが、手袋越しの幼い手で私の額を撫でる。私は返事の代わりに、額から突き出る六角柱の結晶を光らせた。我々角犬のオスは角の大きさで序列を決める。私は特別に立派な角と体格を持つ角犬として創られ、そのおかげでここまで逃げ延びたというのに。
もはや角犬は私しかおらず、バナルの住む集落も無事で済まないだろう。
私は不安がるバナルを振り仰ぐように、顔をすり寄せる。手負いの身をバナルに救われ半月、恩返しの機会がこのような形とは。
「ありがと。早くおばさんのとこ行かなくちゃね」
バナルは手袋に涙を吸わせると、励ますように私の首筋を叩く。そして「朝が来る方」と言い、右足で腹を蹴った。逆だ。私は動かず、角を東へ向ける。バナルは間違いに気づいたようだ。
「ルカがいると安心だ。本当に、僕ら最高の兄弟だね」
角を淡く瞬かせ同意を伝えると、私は雪を蹴った。
半刻ほど走ったろうか。ふと漂ってきた亡霊のような匂いに足を止める。私の困惑に気づいたのか、バナルも息を飲む。
行く手に現れたのは、一頭の角犬を駆る、軽装騎兵だった。その鎧に曲がった石の装飾が見え、私は低く唸った。
「ルカ?」
なだめるように、バナルの手が我が背を這う。
「いたぞ! 冬の宮さまがお創りの角犬だ!」
冬の宮め!
同胞、そして私を救った人々の命を弄んだ者への怒りで、私は雪を蹴ろうとし、背にしがみつくバナルの重さで踏みとどまる。
「あの角犬、ルカの仲間?」
バナルの問いは、威嚇の唸りで答えとした。あの同胞は死んでいる。光を失った角が、濁りひび割れているのがその証だ。
……すまない。
鼻先に皴を作り牙を剥き出しながら、私は喉の奥でバナルに詫びた。伝わりはしなかったが。
【続く】