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そよかぜとわっか

「そよかぜとわっか」

作者:img_00

 CO2削減が世界的な問題になって10年が経つ。今では異常気象が頻発し、世界的な水不足と食料不足が深刻な問題になっている。各国は食料不足に備え、余剰食糧を融通する協定を締結している。食料をどんどん作るように国家政策が変わったので、豊作貧乏ということはなくなった。水に恵まれ、耕作放棄地もたくさんあり、新規で農業に従事する人口が急速に増え農村の規模も大きくなった。住民の定住化を支援する目的で、農村と最寄り駅までの路線バスが義務化もされた。この路線バスは国と地方自治体が全額負担していて、利用者数には無関係に運営している。現在、農地はほとんどビニールハウス化され、多少の異常気象に対応できるようになっている。栽培システムの管理主体は役場が行っているので、農業従事者は比較的自由に休暇をとることが可能になった。農業はきつい、もうからない、田舎くさい、といったイメージは過去のものとなった。

 彼女の名前は“大空風音”と言って、大学を出て何年かコンピュータシステムの開発に従事していた。公務員だったが、部署の改編に伴って、早期退職し、農村の役場に再就職して、東京から秋田の農村に引っ越すことになった。職員住宅を用意してもらっているので、家具や家電は備え付け。持ってきたのは少しの服とパソコン1台だけ。荷物はスーツケース1つなので、「まるで、旅行みたい…」と少し思いながら、東京で高速鉄道に乗って、秋田に着くとローカル線に乗り換え最寄り駅まで着いた。たまたまあった喫茶店でソイラテを飲んでいると、路線バスが入ってきてバッテリーを充電している。「しばらく時間がかかるんだろうなー」とぼんやり思った。

 バスが古く、省エネ優先? でエアコンが大して効いてない。窓際の席に座って風景を見ると、しばらく山道が続き、その後ビニールハウスの風景が広がる。天気は晴天。ワンピースと麦わら帽子、サンダル。スーツケース1つでバスを降りると、

 「今度の職場はここ!!」と少し気合を入れた。

 役場に着くと簡単な自己紹介の後、職員住宅に案内されて、その日は終わった。

 着任早々、前任者の残した資料に目を通して、システムの把握に努める。一週間が経ち、住民との顔合わせを兼ねて、歓迎会をしてくれた。これで、村の一員として認められたのだろうか?

 今では、周囲から“かざねちゃん、かざねさん、かざね、かざねねーちゃん”とか呼ばれている。

 彼女が、役場の倉庫で資料を探していると、ほこりをかぶった金属製の容器を見つけた。プレートには、小学校の分校の名称が刻まれていて、おおよそ数十年は経っているだろうか?「何ですか、これ?」と上司に聴いてみると、開けてみることになった。工具を持ってきて開けてみると、何枚か手紙が出てきた。手紙には「大人になった私へ」と題名が、裏には名前が書いてあった。おそらく卒業記念の手紙だろうか? 特殊なプラスチック製の紙だったので、ほとんど傷んでない。

 過去のデータベースで小学校のことを調べてみると、最後の卒業生たちが記念にカプセルに入れて20歳になったら開封しようと思っていたもので、管理していた校長先生が閉校後何年かして亡くなっており、カプセルは行方不明になっていた。卒業生は高齢でほとんど亡くなっており、施設に入所している女性が唯一存命していた。役場の業務に郵便物の配達も含まれているので、すでに亡くなっている場合は遺族へ、女性には直接届けることになった。ちょうど、システムの大半を把握したので、気分転換がてら手紙の配達に名乗り出た。女性の入所している施設は少し遠いので、最寄り駅まで出て、3駅隣にある。比較的大きな街だ。

 「大きくなったら、お母さんみたいな冒険家になりたい」と手紙には書いてあった。小さい頃、母親のヨットに乗せてもらって遊んでいた思い出があり、彼女自身も有名な”風遣い”で、何度も航海を重ねて太平洋を渡った。いつも、スポンサー、スポンサーとぼやいていたのを思い出す。「もう一度、舟に乗って旅がしたい」と最後に彼女は言っていた。

 役場の上司からは「帰りに自分が気に入ったマウスとキーボードを買ってこい」と言われていたので、大きな家電店に寄った。前の職場では、ゲーミング用のマウスとキーボードを流用していたので、3階のコーナーに立ち寄ると、e-sports用のレーシングコクピットが置いてあった。興味半分で座ってみると、座り心地は悪くない。ハンドルにペダル、シフトレバー、ハンドブレーキ、メーターや操作系がいっぱいあって、征服欲が湧いてきた。退職金も残ってるし、再就職祝いに買っちゃおうと思った。大人買いした後で「あー、買っちゃったよ…」と少し反省。在庫はあるが、かなりのボリュームがあるので、宅配便で送ってもらうことにした。

 荷物が役場に届いたので、仕事が終わった後、隣の職員住宅に自分で持って行った。設置場所は寝室に置くと狭くなるので、リビングに設置する。ネットにつないで、試しにゲームをしてみると、思いのほか難しい。今どきの車は自動運転で、手動で運転するには別のライセンスが必要になっている。このコクピットは仮想空間上でのライセンスの取得可能な認証を受けている。「ライセンスか…。試しにとってみよう」とゲーム感覚で思った。3カ月かかったが、試験に合格して車用の起動キーが今日届いた。嬉しかったので、職場の仲間に自慢すると、変わり者扱いされたので心外だった。

 最近、長期休暇から戻ってきたハード担当の職員に、どこかドライブに行ってきたら? と言われたので、休日を使った旅行を検討し始めた。この職員の名前は具志堅太陽といって、“ぐーしぃー”とみんなから呼ばれている。沖縄出身でサーフィンが趣味だそうだ。ちなみに、ドーナツを作るのが得意で、役場の3時のおやつは彼が作ったものをみんなで食べるのがいつもの風景だ。少し多めに作るので、子供たちや来客に配っている。役場の仕事で何かと協力することが多く、最近は近所の飲み屋でよく一緒に飲んでいる。彼だけ風音のことを“かざねっち”と呼んでいる。本人たちは自覚してないが、周囲からは結構お似合いのカップルと思われている…。

 昼休みに東北の観光雑誌を見ていると、山形県のB級グルメで”どんどん焼き”というものがあるらしい。どうせ行くなら、地域のB級グルメとか、通販じゃ売ってない珍しいものが食べたい。これは、実際に行かないと得られない経験だ。

 今週末にクーペタイプのレンタカーを予約して、ちょっとした小旅行に備える。秋田から山形までそれなりに距離があるので、増槽(追加バッテリー)の予約もしておいた。

 当日の朝になったので、近所の業者に車を受け取りに行く。手動運転の起動キーの確認と保険加入、増槽のレンタル料と税金を払う。コンビニとか、高速道路の休憩中に適当に買い食いすればいいと思っているので、ペットボトルのお茶2本しか持ってきてない。

 片道4時間くらい、疲れたら帰りは自動運転で戻ってこようと思っている。今回は楽しくドライブが目的なので、無理はしない方針で…。

 4時間ほど運転して、山形の市街地に入る。駅ビルの駐車場に車を入れて、簡単に見て回った後、お土産屋で自分用にキーホルダーを買った。旅の思い出として、ちょうどいいサイズと値段、伝統工芸品で有名な作家さんが作ったとのこと。折角なので、後で起動キーにつけることにした。今日中に秋田へ戻るつもりでいるが、今日中に渡せるとは限らないので、日持ちがするお土産をいくつか用意する。牛タンのカップラーメンとか、そんな感じのものを買った。あんまりコスパは良くないが、どんどん焼き1コとバランスをとるなら仕方がない。

 お土産を持って、いったん車に戻る。どんどん焼きのお店にも駐車場はあるが、人気店でほとんど駐車場は埋まっていると書き込みがあったので、少し距離があるが歩いて向かうことにした。

 店内で食べる用にベーシックなソース味と少し変わったビザ味を注文、その間に持ち帰り用を用意してもらっている。

 隣のテーブルで、どんどん焼きを食べながらお酒を飲んでいるおっちゃんが居て、少しうらやましいと思ったが、今回は車で来ているので我慢した。

 どんどん焼き2コを食べ終わって10分ぐらいしたころ、持ち帰り用が準備できたので受け取ると、出来るだけ寄り道しないで早めに帰る。来るときに手動運転だったので、予定通り自動運転モードに切り替えて運転を開始する。

 無難に市街地を抜け、無難に高速に入った。高速は比較的空いていて、あっさりと戻ってくることができた。荷物を降ろして、少し休憩したあとお土産のどんどん焼きを配ってまわった。渡す人に全員会えたので、カップラーメンは自分の夜食にすることにした。レンタカーの返却は明日の午前中なので、今日は早めに寝ようと思う。

 昨日、“ぐーしぃー”にキーホルダーを見せびらかすと「かっけーな、それ…」。と言っていたのが少し気になる。しばらく、早上がりをするようになって1カ月しかたたないうちにライセンスを取得して起動キーを自慢してきた。自分より短期間でライセンスを取られたのでなんかむかつく。

 今度、海鮮丼をおごってやると言われたので、茨城までのドライブに付き合うことになった。3200円の海鮮丼をご馳走になったが、ぐーしぃーは名産の干し芋を箱買いするのが目的だったらしく、大きな段ボール2箱分を買った。帰りは風音が運転をして、その横でちょびちょびと干し芋をかじっている。完全に乾燥させているので保存性は悪くない。1箱は役場に置いておいて、好き勝手に食べる用にすると言っていた。最近、ドーナツに飽きてきたので、しばらくは干し芋を食べよう、ということらしい。個人的にはドーナツも素朴な感じで全然飽きていないが、本人がそう言っているので意向を尊重することにする。

 しばらく好天が続き、「天気が良くて、太陽光発電の電力が余っているから、何か有効活用できないか?」という話になった。野菜を冷凍すると、CO2排出量が増えるし、保管についても同様。手っ取り早く、余った野菜で乾物をつくってみるか、という話になった。たまたま、干し芋を食べていたので、国内需要を見込んでサツマイモの試験栽培も始めることになった。

 この後、“風音とぐーしぃー”は週末に二人でドライブすることが増えた。




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