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私たちしかいない!高齢者のコロナ患者受け入れを決断した理由【07】北海道C病院

この連載は、コロナ専門病棟を開設した10の民間病院の悪戦苦闘を、現場スタッフの声とともに紹介していくものである。記事一覧はコチラ

株式会社ユカリアでは、全国の病院の経営サポートをしており、コロナ禍では民間病院のコロナ専門病棟開設に取り組んできた。

今回は、2020年6月よりコロナ専門病棟を開設した北海道C病院のスタッフ4名に、新型コロナ患者の受け入れが決まった時を振り返ってもらった。
「受け入れたくなかった」「新型コロナは怖いものではない」―現場では様々な思いが交錯した。

看護部長 T.Kさん|なんで受けちゃうんですか!そんな気持ちもぶつけながらの日々を経て

「コロナ専門病棟をやる」と聞いて「やりたくない」と思った。まだ感染症の実態もわからず、コロナ患者を受け入れることが、どれだけスタッフの負担になるのか。状況がちゃんと把握できていないのに、スタッフにお願いするのは嫌だった。

「受けたくない」が、最初の気持ちでした。

院内で感染者も出ていない中、「どうしてわざわざ」という声も聞こえていました。近隣の大きな病院でさえ受け入れもしていないのに、なんでうちが先に?という空気でした。

そんな雰囲気で、専門病棟で働くスタッフをどうやって集めるのか、一番悩みました。

だが、受けたくないと思っても市の公募に応じて決まったことだ。開設の準備を進めなければならない。スタッフに何をどう伝えればいいのかー。T.Kさんは理事長に率直な思いを伝えた。

理事長とは、よく言い合っていましたね。

理事長は「経営者として、病院を存続させスタッフを守るためには、受け入れをするしかない」という思いを持ってコロナ専門病棟の運営を決めた。

その思いもわかるんです。わかるんですけど、気持ちだけで専門病棟を動かすことはできません。専門病棟設置の場所を理事長と相談しながら、スタッフの配置については、看護副部長と話し合いを進めました。

意見調整をしながら、専門病棟のスタッフを募った。新型コロナには一切関わりたくないと、退職するスタッフも少なくなかった。なんとか病棟が回せるギリギリの人数が集まった。運用が始まって、T.Kさんは理事長と患者さんの受け入れのことでも、よくぶつかった。

患者さんの受け入れは、スタッフが見られるだけしか受けない、と決めていました。

そのため、現場の状況で断ることもありました。「ここまでの人数しか見られない」。そう理事長に伝えても、頼まれると受けちゃう。私たち管理者が「今日はもう駄目だよ」って言っているのに、スタッフに勝手に聞いたりして・・・。

「なんで受けちゃうんですか!」って、いつも言い合っていましたよ。

理事長は、医者として「全ての人を救いたいという使命感を持っている方」。その姿勢を知っているから、スタッフも理事長が受けちゃう気持ちがわかるんでしょうね。「なんとかしますよ」って、笑って対応してくれるスタッフには感謝しかありません。

そんな理事長とのやり取りをT.Kさんが笑って話せるのも、2022年の今だからこそ。当時は何が正解かわからないまま、手探りで走り続けていた。

一時、手袋やエプロンやマスクなどの医療資材が無くなったことがありました。そんな状況で、感染症に対応しなきゃいけないのは、不安でしかないですよね。

急遽、みんなでゴミ袋を切って、簡易のエプロンを作りました。他の部署の人も一緒に作ってくれて。それを着て業務にあたっていたんですけど、それがまた暑くて(笑)。そんなことがたくさんありました。

手探りの中、一緒に走ってきてくれた仲間がいたから、私もここまでやってこれました。一人だったら、辞めていたかもしれない。今、こうやって笑って話せることを嬉しく思います。

看護副部長 K.Yさん|「看護師さんたちにはうつりませんか?」胸がしめつけられた、患者さんの一言

看護部長とコロナ専門病棟の開設、運営に尽力したK.Yさん。当初は、他の病院で治療を終えた方の受け入れだけという条件だった。だが、市内で爆発的に感染が広がり、発症直後で感染力の強さが残る患者さんの受け入れも始まった。そこで経験したことは?

発症したての患者さんは、いつ重症化するかわからず、普通に看護をしていても、一瞬で悪くなっていく経験もありました。恐怖と不安がいつもありました。

重症患者に対応できる設備ではないため、容体が急変した患者さんにできることは限られていました。その時のことはなんと言ったらいいか・・・。恐怖を感じながらも、患者さんとスタッフの安全を保つことに必死でした。

たくさんの経験をして、看護師たちはすごく成長したと思います。

しんどかったこと、励まされたこと、嬉しかったこと。残しておきたい患者さんとのエピソードは、ありすぎるほどあった。

自分が感染したのを知った患者さんに、「あなたたちにはうつらないですか?大丈夫ですか?」って聞かれたことがありました。
ご自身も辛いのに、私たちを気づかってくださったことに胸が締めつけられました。「それは全然心配する必要がないから、安心して治療してください」としか言えなかったですね。

嬉しいこともたくさんありました。
高校生の患者さんが、お礼の手紙を書いていってくれたり、たくさんの子どもたちから、励ましのメッセージが病院に届いたり。掲示されたメッセージに、とても励まされました。

診療情報管理室室長(当時) D.Tさん|ウィズコロナからアフターコロナへ

コロナ専門病棟の開設が決まった時、補助金や診療報酬など病院経営に関わる重要な情報が出揃っていなかった。情報は日々更新され、診療点数もコロコロ変わった。更新される情報を取りこぼさないよう、乗り遅れないように気を遣った。

正直な話、補助金をしっかり出していただけるとなって、資金的にかなり救われました。
コロナ専門病棟が始まる前は、患者さんがかなり減っていましたから。このままだったらどうしようっていうタイミングでした。

最初に提示されていた空床補償額でシミュレーションしてみても、専門病棟を作って、資金的にやっていけるのか心配がありました。市との交渉を重ね、最終的にはこちらの現状を理解していただき、安心して専門病棟の運営に注力できる環境を整えられました。

私たち事務方にできるのは、経営を守り、しっかり現場に還元できるようにすることです。危険手当だったり、環境整備だったり・・・。現場で戦うスタッフのためにも、「この資金を大事に使わなきゃ」と、気持ちを引き締めました。

「病院で働いている人には近づいてはいけない」。2020年5月はまだ、新型コロナに関する風評被害があった。そんな中でのスタートだった。外出は控え、院内のコミュニケーションも最小限に抑えた。

院内クラスターが起こると大騒ぎになっていた時期でしたからね。現場で治療にあたるスタッフはもちろんですが、僕たち事務課も感染しないように、かなり気をつけていました。

感染が広がり始めた頃は、受付でスタッフが熱を測ったりしていました。でも玄関に待機する人を置かないようにしようと、自動受付機に、体温測定や症状の確認ができる仕組みを取り付けることにしました。

今でもそのシステムを使っていますが、考えたらいろんな知恵が生まれるんだと、妙に感心したのを覚えています。

D.Tさんは、事務スタッフとして新型コロナの体験を振り返りながら、アフターコロナの病院運営についても言及した。

一般病棟がコロナ専門病棟になるようなことを、自分が経験するとは思っていませんでした。新型コロナや感染管理について学んで、これまであまり見えていなかった現場のことも知る機会になりました。

新型コロナが終息して、専門病棟を閉鎖するのが望ましい。でも、患者がゼロになった病棟を想像すると、ちょっと不安にもなります。

アフターコロナになっても、スタッフがちゃんと給料をもらえるように、病院の運営を考え続けています。

事務長代行(当時) Y.Kさん|看護師経験を活かし、現場スタッフが動けるためのサポートをする

全国に先んじて札幌市内で緊急事態宣言が出されたのは、2020年2月。病院の稼働が激しく落ち込み、Y.Kさんは新型コロナ患者の受け入れを提案した。だが、治療法も不明確で、医療技術の不安があるとして、経営層からも反対された。Y.Kさんは病院の現実と地域医療に貢献できる可能性を示した。

病院の経済状況は非常にまずい状態でした。
このままいけば病院は本当に無くなる。でも、コロナ専門病棟を作って地域に貢献できることをしっかり示せば、道はあると想像できました。

地域医療に貢献する病院を行政が見捨てるはずがない、という確信もありました。

最終的には市の公募だったことで、行政のサポートが期待できることも考慮して、受け入れ病院として手を上げる決断ができました。

現場スタッフの反対は予測していた。丁寧に説明するしかない。10年間の看護師経験を持つY.Kさんは、臨床の現場の不安や、求めるサポートを想像できた。「新型コロナは怖いものではない」。冷静に、正しく伝えることが必要だった。

新しいことをやるのは怖いですからね。まだ新型コロナに対する恐怖心がとても強い時期でもありました。

コロナ専門病棟は、市立病院で症状は安定したものの、陰性確認が取れない患者さんの受け入れ先になることに不安を感じているスタッフも多かったです。なので、これまでの院内感染対策を引き続き行えばよいこと。特別なスキルがなくても、ちゃんと感染の知識を持っていれば対応できることを理解してもらうために、全病棟の看護師を集めて、何度も説明会を実施しました。

新型コロナは怖いものではないことを、誤解のないように、病状もふくめて1、2ヶ月かけて説明しました。

理事長は、経営者として、受け入れの意義を話すのが役割です。でも、崇高な思想だけでは、現場は動かない。現場を動かすものは何かー。
看護師が動けるための説明をする。現場目線で話す役割が、私にはあったのかなと思います。

あとは、スタッフが安定して働ける環境作りに注力しました。帰宅が不安なスタッフには、ホテル利用の制度を設け、危険手当もしっかり用意しました。

終始淡々と振り返るY.Kさん。看護師の経験を生かしながら、経営をサポートしながら、どんなことを思い、考えてきたのだろうか。

病院経営の観点でいえば、医療知識は必要です。経営知識や、診療報酬の知識も大事ですけど、そこに最低限の医学知識が加わると、より正しい道を示せる。

「医療が目指す道」と「医療法人として目指す道」を、両方含めて考える重要性を強く感じたのは、今回の対応を経験してからです。

経営層に対しては、どう見ても病院が生きるか死ぬかの場面だから、早急に経営方針を決断してほしい!と、やきもきしました。
現場には、他の感染症と同じように対応すれば問題ないのに、自分たちにはできないと決めつけていることに違和感を覚えていました。

海外旅行が好きで、旅先で感染症を経験したこともあって、「そんなに簡単には死なないな」ってわかっていたからでしょうね。新型コロナは怖がるようなものじゃないと、ずっと思っていました。

そんな感覚の私が説明していたので、現場からは相当嫌われていたと思いますよ(笑)。
でも、みんなと同じように騒いでいたら、ただバタバタしているだけだったはずなので、必要な役割を果たせたと思っています。

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新型コロナ患者を「受け入れたくなかった」との思いを抱えながら、現場を支えたスタッフはどれくらいいたのだろうか。様々な思いが去来する医療従事者の声にもっと耳を傾けたい。次回は、沖縄県の療養型病院の事例をお届けします。

編集協力/コルクラボギルド(文・栗原京子、編集・頼母木俊輔)/イラスト・こしのりょう