絵とワードの物語 『深海バーテンダー』
深海、深淵、うみのそこ。
そこにひろがるまちのはずれ、岩陰にひっそりと開かれたバーには、今日も話し相手に飢えたお客がひとり。
「デートに行くことになったわ」
尾びれをくるりと丸めながら腰掛けた彼女は、とろけそうな笑顔を押し隠そうともしていない。
「それは、おめでとうございます」
「ふふ、ありがと」
ぱちり、ウインクをひとつ贈ると、マスターはきりと冷やしたシャンパングラスに、鮮やかな赤と透明なシャンパンを注ぎ入れ、しずしずとステアする。
その手つきに視線を流しながら、彼女はしっとりとほおづえをついた。
「いつかふたりで、マスターのお酒を飲みたいわね」
指先でカウンターにくるくると円を描くと、そこに小さな渦が生まれる。ついと押し出されたルビー色のグラスを巻き込んだ空気の泡が、ぷかりと浮かんで、弾けて消えた。
絵 はしもとあやね ( @enayacomic )
文 ねきの( @nekino_e )
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