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保育園に菜園をつくる

いつも、その保育園が気になっていた。建屋の横に5m四方ほどの区画があり、もともと菜園だったようだが今は管理されていない。私は意を決して職員室に入り、園長に自己紹介し、菜園をつくらせてもらえないか、と言った。

鍬一本で私は耕しはじめた。ミネラルや有機肥料を入手し、栽培計画を立て、レイアウト図を作った。天気予報を見て、相談して、種まきや苗の植え付けの日時を決めた。

保育士さんに連れられて子どもたちが菜園に入場する。畝の両側に座ってもらい、種の蒔き方を教える。このぐらいの穴を掘って、これぐらいの種を置いて、そっと土を被せましょう。じょうろで水をあげましょう。

子どもたちは、種や苗の取り合いなんかで揉めて泣き出すけれど、水を撒くころには機嫌も直った。一緒に手を洗って、一緒にお昼ご飯を食べて、一緒に掃除をして、お昼寝の時間に寝かしつけて。

常に10種類以上の野菜を育てるように心がけた。年間にすると30種類以上の野菜を一緒に育て、収穫し、食べた。子どもたちは驚くほど私になついて、保育園に来ると大騒ぎになる。保育士さんに迷惑をかける。だから、お昼寝の時間を狙って行って、農作業をして、子どもたちが起きる前に帰る。

ある夜、仲間たちとスナックで飲んでいると年配の男に絡まれた。保育園を管轄する市役所の職員だった。お前、ジャガイモを植えるのが早すぎたらしいな。この地域は〇月〇日頃に植え付けるのが常識なんだ。何がしたいんだお前は。馬鹿か。

移住して1年足らず、手探りで生きていた私にとって、それは辞める理由にはならなかった。空き地は青々とした菜園に生まれ変わり、採れたての野菜をお昼に食べれるようになった。運動会、夏祭り、発表会。保育園の行事には部外者の私も呼ばれるようになり、保護者とも仲良くなった。

友人は皆、私の子ども好きが不思議だと言う。結婚もせず子どももいない、ぱっとしない男が、なぜこんなにも子ども好きなのか、と。自分でもわからない。考えてみたが、自分が子どもだから、というのが最も的を得ている。子どもたちといると、とにかく幸せなのだ。

保育園の裏門からそっと入る。私を見つけた子どもが大声をあげる。他の園児たちが気付く。子どもたちが走ってきて足に抱き着き、抱っこしてとせがむ。ダンゴムシを見せたがる。梅干を食べられると自慢する。千円札を二枚持っていると言う。シャワーを浴びるから見ろと言う。とにかく隣に座れと言う。そのカオスが幸せだった。

あなたは、私を忘れるでしょう。私も、あなたを忘れるでしょう。それでも、あんなに素晴らしい戯れときらめきの日々をくれて、感謝しています。生まれたままの自分がまだ私のなかに息づいていることを気付かせてくれたのです。

あなたは、これから傷つけ傷つけられ、汚し汚され、スナックで絡み絡まれるでしょう。それでも、生まれたままのあなたは息づいています。

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