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短編小説『ラ・ホーリ/理不尽に立ち向かうインド料理店』

    1章 unReasonable (理不尽)

田舎のレンタルビデオ店でレジをしている僕、26歳独身。
僕は先月まで九州で建材商社の営業マンとして働いていたが、会社内の極悪理不尽な待遇から耐えきれず自主退職。
どういった理不尽なことがあったかは下記報告書をご覧ください。

報告書 全文 (計8枚)

残念ながら、会社によって僕の訴えは揉み消されてしまいました。
理不尽に屈してしまった、結局その後何もやり返すことができず、心が病み、人生にいきなり躓いてしまったこの時代についていけない男。みんなは理不尽に耐えながらも無理しながらも懸命に生きている。みんなは強くて凄い。えらいし、尊敬する。僕は弱い男……。

でも、僕は再び立ち直ろうと、再起をかけようと、人生を変えていこうと、懸命に生きようと頑張る。
今日もレンタルビデオ店でレジに入った。
僕「こんにちは、いらっしゃいませー!!」
(いつまでも負けていちゃダメだ。一歩一歩前に、明るく元気にやっていこう!)
僕「お待ちのお客様、こちらのレジへどうぞ!」
50代くらいの男の客がレジに来た。
僕「いらっしゃいませ、会員証のご提示お願い致します」
男「はぁ??」
僕「あっ、会員証の方を」
男「そんなの持ってなか!!」
僕「えっ、いや、レンタルされる際は必ず会員証を見せてもらわないといけなくてですね……」
男「なんや! そんなんこっちは知るか!!」
僕「申し訳ございません。ではこちらの会員申込用紙に記入していただいてもよろしいですか?」
男「こっちは急いどるとぞ!!」
僕「ですが、そうしないとレンタルできないんですよ……」
男「こっちは急いどる言うとろうが!! ここの店員はバカか!」
男は怒りながら、横柄な態度で仕方なく申込用紙をカリカリと書いた。
怒りで名前の字が全然読めない。
後ろに客が並び出したので、取り急ぎ新規会員証を作り、すぐさま会計へと移った。
「大変お待たせいたしました。お会計1280円です」
男はお金を放り投げて渡す。
僕は散らばったお金を拾い上げ、お釣りを渡すと、
男「ったく、ここの店員はノロノロしやがって。こっちは急いどるとぞ!!」
「大変申し訳ございませんでした……」
(今日も元気にやっていこう! 再び頑張っていこう! と思った矢先、なんで僕はこんな理不尽な目に……)
心が再び病んでいった。こればっかりもう防ぎようもない。
この男だってニュースで残酷な無差別テロが起これば人としてテロリストを激しく非難し、被害者をかわいそうに思うはずだろう。
でも、自分は理不尽なことは平気でする。
理不尽は残酷な無差別テロと変わりない。
何も知らない無関係な被害者がでる。
理不尽はどこにでも、いつなんどきだって、理由もなく、人の事情も知らずに無差別に起こる。

男「おい、お釣りは!!」
僕「えっ……さっき渡しましたよね?」
男「あ? まだもらっとらんどが!」
確かに僕はお釣りは渡した。
合計1280円に対し、1500円のお預かり(1000円札+100円玉5枚)、お釣りは220円。
確かに渡した。
男「もろとらんて言いよるどが! このバカは!」
僕「いや、絶対渡したと思いますが。そうであれば一応監視カメラ見てみます」
男「俺ば疑うとや!」
僕「いや、一応念のためにですね」
後ろの客が迷惑そうな視線を僕に目掛けている。
(ここでこの男に時間をかけると、後ろに並ぶお客様にも迷惑だ)
僕は男にお釣りを再び、余計に渡した。
後に監視カメラで確認すると、やはりお釣りを渡していた。
レジ差異-220円。僕は始末書を書く羽目となった。
(悔しい……)
僕は理不尽に屈した。



     2章 lahoRi (ラ・ホーリ)

1日の仕事がようやく終わった。でも精神的疲労はまだ抜けていない。思い返すだけでこの疲労は溜まる一方。
お腹が空いた。
今日は色々あったし、気分転換に何か食べて帰ろう。
今日一日中曇っていて陽も差さず、どんよりとしたグレーな夕方。
僕はトボトボと歩いていると、どこからかカレーの匂いがしてきた。
すると、目の前にポツンとインド料理店『ラ・ホーリ』があった。
(こんなところにインドカレー屋あったっけ?)
怪しげで古びた感じがなんだかちょっぴり怖々しい外観だったが、匂いに釣られてそのまま店に入った。
だが、店内はパッと明るく、これが現代インドインテリアか!とばかりのゴージャスでおしゃれな装飾に、強靭なガネーシャ像が目の前に鎮座してあった。
畏敬の念を漂わせるそのガネーシャ像はこの店の守り神と言えよう。
インド人店員A「स्वागत एक सीट ले कृपया」
いきなりバリバリのヒンドゥー語だった。
少し不安に駆られたが、とりあえず席に座った。

(おお、メニューには日本語字幕。よかった〜)
インド人店員A「तुम क्या मंगवाना पसंद करोगी」
僕「(おお、ヒンドゥー語!)……えっと、とりあえずダブルカレーセットで!」
インド人店員A「”ダール”カレーセットね!」
僕「ああ、”ダール”か。すみません、ダールカレーで!」
インド人店員A「कृपया थोड़ा इंतजार करें」
(今一瞬、日本語で喋ったぞ。てか緊張で読み間違えてしまった。しかもメニューには丁寧な日本語の説明文まで!)
色々と驚かされつつも、僕は楽しみに待った。

パン!パン!パン!!
(何の音かと思ったら、これはナンの音か!)
奥の厨房では、腕毛の逞しい剛腕のインド人店員Bが料理を着々と準備している。
スタッフはインド人店員AとBしかいないようだった。まあ、今日は月曜日だし、客は俺一人だしなと思っていると、二人の客が入ってきた。
僕「!!!!」
見覚えのある顔だった。
あの理不尽な難癖つけてきた50代くらいの男と、そのツレの男だった。
二人は来て早々に難癖をつけだす。
客「おい、インド人、はよ水持ってこいや!」
ツレ「こっちは急いどるんぞ!」
インド人店員Aに絡んでいった。
客「メニューも早よ持ってこんかい!」
僕は物陰に息を潜めながら、二人を睨みつける。
と、同時にインド人店員Aが心配だった。
今日の僕みたいに理不尽なことをされ続けて心が痛まないかどうか。僕と同じ目には合わないでほしい。そう深く願った。
男「チキンカレーセット!」
ツレ「俺もチキンカレーセット!」
インド人店員A「कृपया थोड़ा इंतजार करें」
男「なんやあいつ……愛想もなかわい」
僕「(ムカムカ)」

その後、僕のテーブルへ美味しそうなダールカレーセットが運ばれた。
(うわぁ〜美味しそ〜)
すると、あの二人がまた理不尽に騒ぎ出した。
男「おい!まだできんとか!」
せっかくの美味しいカレーがこれでは台無しになりかねない。
怒りが込み上げてきた。
もう、あいつらにガツンと! 一言言ってやりたい! 改心するまでとことん! てか本当にムカついて1発殴りたい気分だ!
でも、現実僕にはそんな勇気はない……。
刃向かってもいつも言い負かされ、揉み消されて、結局自分だけが傷ついてきた。弱い僕。理不尽に屈してきた僕。
理不尽に勝つ方法があるのか。勝てるのか。

ようやく二人の元へ、注文したチキンカレーセットが運ばれた。
二人は感謝もなく、手も吹かず、行儀悪く、くちゃくちゃと食べ始めた。
二人はあっという間に完食してしまった。食いっぷりだけは一丁前か。すると、
男「おい! ちょっと!」
インド人店員Aを呼び出した。
男「おい、俺、チキン“キーマ”カレーセットって言ったやろうが。キーマ入ってなかったぞ! なぁ俺ちゃんとチキン“キーマ”カレーセットって言ったよな」
ツレ「あぁ、ちゃんと言ってた! おい、これどうしてくれんの?」
インド人店員A「…………」
男「おい、もう金返せ! それで許すけんよ」
絶対、二人はチキン“キーマ”カレーセットとは言っていない! 僕はこの耳でちゃんと聞いてた!
これは流石に酷い! 言わないと……(あれ)」
頭では動くも、体はビビって動けずにいる僕。
そんなことをこの数秒で2、3度試みているが動けずにいる。自分の情けなさ、無力さを痛感した。
でも、ここで屈したら僕は人としてこれから一生変われずにいる。この腐った現状を打破しないと! 理不尽に勝たないと!
僕は遂に立ち上がり、無理やり二人の元へ駆け寄った。

僕「すみません、僕はちゃんと聞いていました。あなたたちは”キーマ”とは言ってませんでしたよ! チキンカレーセット言ったはずです! いい加減この店に迷惑かけるのやめてください!」
(遂に僕はこいつらに言いたいことを言えた!)
男「はぁ? なんやお前、部外者は黙ってろよ」
僕「いや黙りませんよ。だってそんな理不尽なこと罷り通せませんよ! 本当のことを言って何か不都合でもあるんですか?!」
このままだとどつかれる。
逆ギレによる逆襲。
(でも、今度こそ絶対に理不尽に屈しない!)
男「あぁん、コラ、お前やんのか! 殺すぞ!」
男は僕の胸元まで一気に近づいてきた。
殴られる……。
でも、僕は引かない。ムカつく!
理不尽、本当にムカつく!
僕のムカつきは限界を超えそうだ。
僕も手が出そう。限界だ。

すると、僕の前に、奥の厨房からやって来たインド人店員Bが腕まくりをしながらすっと間に入った。
インド人店員B「यहां शोर मचाना बंद करो」
客「なんやお前は? インド人のくせに、引っ込んでろ!」
インド人店員B「मैं इन लोगों को इसके साथ हरा दूँगा। हम भारत में नाचते और गाते हैं」
と、近くにいるインド人店員Aに何やら耳打ちした。
すると、インド人店員Aはレジ横のCDプレイヤーに棚に並んでいたCDを1枚取り出してプレイヤーに差し込んだ。CDのジャケットにはこう記載があった。

     “ACADEMY AWARD WINNER”
      MUSIC by  M.M.KEERAVAANI


インド人店員Bは理不尽に怒鳴る客向かって再び何か言い始めた。
インド人店員B「दुनिया को आप जैसे लोगों की जरूरत नहीं है」
客「なんや、さっきから日本語で喋れや! お前ら」
ツレ「日本語無理なら英語でも喋ってくれ、この外人が!」
インド人店員Bはため息を吐くと、エプロンを脱ぎ捨て、戻ってきたらインド人店員Aの肩に手を回し、二人にこう呟やくのだった。
インド人店員A「न कीमा न चिकन」
インド人店員B「Do you know RRR?」
    字幕 〈君たち“RRR“をご存知?〉
男・ツレ「は? RRR??」
CDプレイヤーが再生された。

          👇
  ⬇️ インドミュージカル再生する🇮🇳 ⬇️


       ♪  ♪  ♪  ♪  ♪  ♪



 ここからはみんなの想像で相手を倒すんだ。
     みんなで理不尽を倒すんだ!





その後、二人の理不尽な悪は、二人のインドの店員によって華麗に無双されたのであった。

だがこの世の中には理不尽は数えきれない起き、人々の心の中に抱え込まれているのは事実。
みんな力を合わせて、心の中に眠るミュージカルパワーを解き放ち、理不尽へいざ“復讐”するのだ!

      3章 Revenge (復讐)



   Written by TomohiRo Egawa


(あとがき)
この社会の中で理不尽に屈し、精神的に病んでしまった僕の逃避先は映画館しかありませんでした。その時に観た映画がインド映画の『RRR』でした。でも、観終わると現実に戻らないといけない。いつかは辛い現実・理不尽な世の中に立ち向かわないといけない。でも、それに立ち向かう元気を、勇気を、強さをくれ、踏み出す一歩を後押ししてくれたのはやはり『RRR』でした。映画やヒーローというものはそういう時に、人々の心を救ってくれる。いつまでも子どもじみたものに縋るな、いい加減大人になれと言われることもあるが、誰しも自分自身にとっての”心の支え”を一つや二つ持ち続けていかないといけないのではないか。私の場合、それが映画であり、物語の執筆であった。





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