【映画感想】哭悲/THE SADNESS
今年の夏はホラー映画が大量に公開されているというのは『X エックス』の時にもお伝えしましたが、今回はその中でもグロ表現に関してはこれ!と言われている一本(ちなみに倫理的にアウトと言われているのは『セルビアン・フィルム』です。グロ表現だけならこっちの方が断然上でした。)。ネトフリの『呪詛』に続いての台湾ホラー『哭悲/THE SADNESS』の感想です。
えー、ということで、これを書いてる時点で『ブラック・フォン』、『呪詛』、『X エックス』、『女神の継承』と観てるんですが、この中ではこの『哭悲/THE SADNESS』が、エクストリームさとキャッチーさの好配分という意味で一番好みかもしれません(単純にスプラッターが好きというのもありますが。)。ホラーは怖いのやり過ぎるとおもしろになるというのは『死霊のはらわた』や『悪魔のいけにえ』の2で証明されている事実ですが、そのぎりぎりのところ、表現的にはやり過ぎてるけど、すんでのところで怖いに振れてるぞ!(えーと、だから、これ、2回目観たらおもしろに振り切れるかもしれないんですが、そのぎりぎりのところという意味です。)というとこでテンション上がります。
ストーリーは、人間の凶暴性を高めるウィルスが蔓延した世界(というか主人公の生活範囲)と言うのが舞台設定なので、根本的にはいわゆる"ゾンビ"物なんですね。(この映画の一番おもしろいところはじつはそこなんですが。)ゾンビの場合も、ゾンビ・ウィルスっていう人間がゾンビ化してしまうウィルスが原因だったりするんですけど、それに感染すると人間としては死んでしまうんです(で、ゾンビっていう死者として蘇るんですね。この死者として蘇るというのが個人的にゾンビ設定の最も好きなところです。"死者として生きるとは?"という哲学的なところに考えが至ります。)。なんですが、今回の『哭悲/THE SADNESS』の場合は、感染しても死なないんですよ。生きてる時の人物そのままで凶暴性だけが増すんです。さっきまで友達だったり、恋人だったり、隣人だったりした人がそのまんまのその人でサイコ野郎の通り魔殺人鬼と化すわけなんです。そこが今までのゾンビよりも僕たちの現在の生活に近くてかなりリアルなんですね。だから、ゾンビ映画観に来たと思ってたら結構な人怖だったっていう。そこが今っぽいというか現実的というか。現代の恐怖はやはり人怖なんだなと思いました。
でですね。もちろん、そのウィルスに侵された人たちに襲われる側は、実際の通り魔事件が頻繁に起きている昨今の事情からいっても、そうとうリアルで怖いんですけど、この映画が更に興味深いのは、ウィルスに侵される側(要するにゾンビ側です。)の描き方なんです。これ、さっきも書いた様に今回の場合はウィルスに侵されても人としてはそのままで、ただ凶暴性だけが増すので、それまでその人が持ってた倫理観ていうのは残ってるんですね。つまり、倫理観や道徳観を持ちながら他人を残酷に殺してしまったり欲望に歯止めが効かなくなったりしてしまうんです(映画の中で泣きながら人を襲う感染者が出てくるんですけど、これは自らの倫理観や道徳観に反することを自覚しながら止めることが出来ないということなんですよね。)。ね、だから、こっち側の気持ちを考えたら、襲われる方もそりゃ怖いだろうけど襲う方もそうとう地獄だなとなるわけですけど、その地獄に観ている僕たちが共感出来るのは、今の世が正しく原因不明のウィルスに侵されていて、それによって医療崩壊が起こったり人々が分断されたりしているからですよね。だから、そもそも『ゾンビ』という映画が、当時のシニカルさでもってその社会を批評的に描いていた様に、この映画も、その設定をそのまま使いながら、今の社会を批評的に見せてくれているんだなと。そこが、まぁ、興奮するんですよね(ここの部分が踏襲されてるってことはやっぱりこれはゾンビ映画だと思うんですよね。)。
で、なんと言っても良いのは、それを社会派で重いシリアスな映画にしないで、ちょっとぬけてるけど憎めない主人公の男の子と、不満はあるけどそれでも彼を好きなしっかりものの女の子のラブ・ストーリーとして描いてるところですね。そういうものを描きながらグロ表現もしっかりやるというのは日本の『アイアムアヒーロー』に近いなと思ったんですけど、あれのグロ表現をやり過ぎちゃったみたいなのがこれですね。あと、ゾンビに人間の時の記憶が残ってるというのも『アイアムアヒーロー』にあったんですが、記憶が残ってるのではなく、感染した人間が人間のままで凶暴になったら?というとこまで行ったのはゾンビ映画としても新たなフェーズなのかなと思いました。エグくてかわいくて良い映画でした。
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